「新しい仕事をして、結婚相手を見つけて、子供をつくることを考えると、この先何年もずーっと自由な海外旅行はできないと思ったんです。だから今回の三か月の旅行を決断したんです。この旅を自分のこれからの人生の宝物にしたいわ。」と。
なるほど女性はライフステージにあわせて人生を考えるのだ。男性は稼ぐこと、つまりどうやって収入を確保するかにあわせて人生を設計して行動するのと少し違うようだ。
そんなことを考えていたら学生風の真面目そうな男子がテラスに入ってきた。挨拶してオーストリアの学生であるとドイツ訛りの英語で自己紹介して、テーブルを羨ましそうに見る。ここで話し込んでしまうと「一緒に飲もうよ。」と誘う羽目になりいつもの宴会パターンになってしまう。アヤちゃんと静かに話を続けたかったので心を鬼にして「家内と二人で食事しているんだけど、何か用?」と言ったら「Have a nice time! Good night!」と出て行った。
アヤちゃんは「あれ。いつのまにか奥さんになっちゃたの?」と吹き出した。陽が沈み月が上り夜空はプラネタリウムだ。ロマンチックな雰囲気に包まれてきたと思ったのも束の間、テラスの下方から集団が大声で歌っているのが聞えてきた。
何事かとテラスの外の城壁の真下を覗きこむと地元の少女たちがビールを飲んで騒ぎながら歩いて来る。どこから来たかと聞いてきたので「Sono Giapponese. Sono di Tokio.」(日本人だ。東京から来た)と片言のイタリア語で答えるとキャーキャーと喜んでいる。「Quanti anni avete?」(きみたち、いつく?)と聞くと声を揃えて「Quattordici anni」(14歳)とのこと。元気な盛りだ。歌声が遠くなるとやっと月明かりの静寂が戻ってきた。
それから深夜まで旅や人生について語り合った。なぜバックパッカーをするのか、理由は二人とも明白であった。「どこか遠くの未知の世界を見たいという抑えきれない衝動」である。これはエベレスト初登頂を達成した後で「なぜ山に登るのか」と問われたヒラリー卿の名言「そこに山が在るから」と同じだ。そこに未知の世界があるから旅をするのだ。
しかしその未知の世界で何を得たいのか、つまり旅の目的についてはどうも明確な答えがない。美しい自然、異なる歴史文化、美味しい食べ物、未知の人々との交流といろいろ思いつくが、どうもしっくりこない。旅に目的があるとすれば成果があるはずだが普通のバックパッカー旅には成果というものはあり得ないように思う。旅をするなかで成果を得られる職業の人々にも少なからず出会った。カメラマンであれば人々に感動を与える写真が残り、建築家ならデザインのインスピレーションを得る、料理人であれば創作料理のヒントを得るとかそうした人々である。
バックパッカーには未知の世界を体験したという自己満足が残るだけだが、それこそがアヤちゃんが言っていた“人生の宝物”なのであろうか。
⇒第13回に続く
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