2024年12月26日(木)

広木隆の「No Investment,No Life.」

2015年11月27日

 株価の決定要因としてもっとも重要なものは企業業績である。「アベノミクス相場」が始まったときに8000円台だった日経平均が2万円を超える水準にまで上昇したのは、安倍晋三首相が打ち出した「アベノミクス」がうまくいったからではなく、企業業績が大幅に改善したからである。では、「アベノミクス」は株高にまったく寄与していないのだろうか。無論、そんなことはない。企業業績に大幅改善をもたらした円安は、アベノミクス3本の矢の一つ目である日銀の「量的質的金融緩和」に負うところが大きい。

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 ところが、その日銀の「量的質的金融緩和」、いわゆる異次元緩和もここにきて手詰まり感が濃厚になっている。従来から国債の大量買い入れによる量的緩和の限界を指摘する声はあった。しかし、ここで筆者が問題視するのは、そうした政策の技術的な限界ではなく、日銀の意識の変化である。端的に言って、デフレ脱却を志向する気概が後退しているように見受けられる。仮にそうであるとすれば、「デフレを脱却し強い日本経済を取り戻す」というアベノミクスの根本的な旗印が大きく揺らぐことになりかねない。

 日銀は10月18-19日に開いた金融政策決定会合で現状維持の方針を決めた。そのこと自体は市場の予想通りでサプライズはない。しかし、金融政策決定会合後の記者会見で黒田東彦総裁が示した景気や物価に対する見通しはあまりにも楽観的だった。黒田総裁は「個人消費や輸出などの需要はかなり増加している」と述べ、景気の回復傾向が続いているとの強気の見方を示した。物価についても2%の目標に向けて高まっていくとの見解を改めて強調した。

 内閣府が16日に発表した7~9月期の実質国内総生産(GDP)は前期比年率0.8%減と2四半期連続のマイナス成長だったが、黒田総裁は「7~9月期のマイナス成長の大きな原因は在庫投資。内需と輸出を加えた最終需要はかなり増加している」と日本経済は緩やかな回復にあるとの見方を変えなかった。

 確かに黒田総裁の指摘通り、7~9月期のマイナス成長の大きな原因は在庫投資の減少であり、在庫減というのはそれだけ在庫調整が進んだとポジティブな解釈も成り立つ。GDP成長率の数字ほど景気の実態は悪くないという意見にも一理あるかもしれない。実はこのパターン、昨年とまったく同じである。昨年のGDPは、消費増税の影響で大きな落ち込みとなった4~6月期に続いて、7~9月期はさらに1.6%減と、予想外の2期連続マイナスを記録した。エコノミストの予想とプラス・マイナスの符号の向きまでも違う結果となり「GDPショック」という言葉がメディアに踊った。

 その主因が在庫と設備投資の取り扱いの難しさだった。だから景気の実態というものは、所詮GDP成長率の数字だけみていては判断ができないものである。しかし、そのように日本の景気が良いのか悪いか、はっきりしないということは、「経済状況が良好である」と誰もが胸を張って言えないことは間違いない。つまり、「決して景気は良くない」ということではないか。

止まらない製造業の海外シフト

 実際のところ、設備投資も動いていないし、賃金上昇も鈍いままだ。設備投資が伸びない理由はいくつか考えられるが、日本企業が海外生産体制のシフトを進めているという構造的な要因が大きな背景としてあるだろう。今年の春、内閣府が発表した企業行動に関するアンケート調査によれば、13年度に22.3%だった製造業での海外生産比率は、14年度は22.9%に、19年度は26.2%とさらに高まると見通している。円安が進んでいるにもかかわらず、一向に海外生産比率の上昇に歯止めがかからない。企業が海外生産比率を高める理由は為替レートだけでなく、海外のほうが、需要拡大が見込めるからである。

 しかし、そういう事情を割り引いても企業が設備投資を想定以上に手控えているのも事実だ。日銀企業短期経済観測調査(短観)では、4~9月に設備投資は8%強増える計画だったが実際は2%弱にとどまった。中国をはじめとする新興国経済の低迷や8-9月に起きたグローバル金融市場の急変などが企業マインドを冷え込ませた可能性がある。企業は計画していた投資を先送りしている。黒田総裁もこの点は認めた。


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