チャイナ・ウォッチャーの視点

民意と向き合うために中国が進めるSFばりの超監視社会
2016年の中国の展望

西本紫乃 (にしもと・しの)  北海道大学公共政策大学院専任講師

1972年広島県生まれ、広島大学大学院博士後期課程単位満了退学、元外務省専門調査員(在中国日本国大使館)。著書『モノ言う中国人』(集英社新書、2011年)。

チャイナ・ウォッチャーの視点

めまぐるしい変貌を遂げる中国。日々さまざまなニュースが飛び込んできますが、そのニュースをどう捉え、どう見ておくべきかを、新進気鋭のジャーナリストや研究者がリアルタイムで提示します。政治・経済・軍事・社会問題・文化などあらゆる視点から、リレー形式で展開する中国時評です。(画像:Thinkstock)

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 過去の歴史を振り返ると何らかの政治運動を打ち立てて、そこに大衆を巻き込むことで社会をリードするのが共産党の昔から得意とする政治手法だ。反腐敗に代わる国民の関心と支持をえられる新しいテーマが必要だ。そこで、2016年は次の政治運動として、貧困撲滅が新たなスローガンとして掲げられそうだ。

 今年からスタートする第13次5カ年計画の中に「貧困県をなくす」という目標がある。中国の「県」は日本の「市」レベルの行政単位にあたるが、中国国内に592ある「貧困県」を2020年までにすべて貧困状態から脱却させようという意欲的な目標だ。2015年、アジアインフラ投資銀行(AIIB)創設や一帯一路構想を中国は声高に宣伝したが、それに対して「他の貧しい国の支援より先に自国の貧しい人たちの支援を」との国民の批判的な見方も強い。そうした批判をかわすためにも、「貧困県をなくす」ための取り組みが大々的に展開されていくのではないだろうか。

2016年中国の民意のかじ取り

 2015年11月末、北京市一帯の大気汚染が過去最悪レベルのPM2.5の値を記録したが、十分な注意喚起が行われておらず、市民から政府の対応のまずさに対して批判の声があがった。その翌週、当局は大気汚染の最高レベルの赤色警報を発表したが、実際には大気汚染のレベルはそれほど悪化したわけではなく、あきらかにその時の当局の発表は過剰反応であった。そうした政府の反応の背景には民意に対する警戒心の強さがうかがえる。

 国民から批判されることを怖れる中国政府は、言論や市民活動を厳しく制限することで民意の高まりを抑え、党と政府にとって好ましい方向に世論を誘導する方針をとっている。ただ単に、党と政府に批判的な人を捕まえたり、都合の悪い情報を国民に見せないようにするだけではない。民意の動向を把握するために、メディア各社にシンクタンクを設置して優秀な人材を配置し、システム的な情報の収集と分析能力を高めている。また、海外の有識者らに高額な原稿料を支払って中国に有利な論評を書かせるといった間接的な世論誘導も展開しているが、こうした取り組みも2016年はさらに広がりを見せてくるだろう。

 インターネットに関してはこれまで、ネット企業の管理強化、ユーザーの実名登録制、有力な民間オピニオンリーダーの排除、人海戦術による党と政府よりの情報発信といった対策が取られてきた。どちらかというとこれまで部分的な対処が主流だったが、2016年以降は包括的でダイナミックな政策が展開されそうだ。

 2015年12月に開催された第2回の世界インターネット大会の開幕式には習近平自らが出席し、開幕の挨拶で中国政府の今後のインターネット政策として「インターネット強国」、「国家ビックデータ」、「インターネット・プラス」という3つの戦略を提示した。とくにこの中の「インターネット・プラス」は昨年3月に李克強首相が初めて提唱したコンセプトで、昨年、徐々に各所で言及されるようになったキーワードだ。 

 習近平政権では党の指導者がコンセプトを打ち出し、政府がそれにあとから肉付けをするという傾向が強い。「インターネット・プラス」もそのようなキーワードの一つであるが、どうやら中国国内の有力なインターネット企業に資本を集中的に投入してネット市場における支配的な地位を占めさせ、国民生活のさまざまなサービスをそれら企業のIT技術によって提供して、ほぼすべての国民がその中に包括されるようなシステムをつくる。

 そして、個人のデータを国家の一元的な管理のもとに置こうという戦略らしい。どうやら「インターネット・プラス」はITサービスを総動員した国家的な監視システムを作り上げるという巨大な構想のようだ。私たちが今までSFの中でしか見たことのないような世界を中国政府は作り上げようとしている。いわば人類史に残るような壮大なチャレンジに中国は着手しようとしている。

二極化する民意をどう扱うか

 昨年末、2014年5月に民族の恨みをあおった罪、騒動惹起の罪を問われ600日に及んで身柄を拘束されていた浦志強弁護士の裁判が行われ、執行猶予付の判決が言い渡された。中国国内では浦志強弁護士の裁判についてメディア各社には勝手に報じないよう通達が出され、インターネット上の関連の情報もことごとく削除されたが、中国国内の比較的広い範囲の人たちがこの問題に関心を寄せ、判決の行方を注目していた。

 中国政府は昨年来「法に拠って国を治める」をキーワードに、法治の徹底を強化しているが、わずか7件のインターネット上のつぶやき発信をもって、浦志強弁護士を罪に問おうとする当局のやり方について、良識のある中国国民は「法治に矛盾するひどいやり方だ」と批判的にとらえていた。今回の判決で執行猶予が付き、浦志強弁護士がすぐに釈放されたのも、こうした民意の関心の高さを当局が測っていたからだといわれている。

 ただ、浦志強弁護士の名前すら知らない中国の国民がいるのもこれまた事実である。日本以上に中国の都市部ではスマートフォンが普及し、個々人が好きな時に好きな情報を好きなだけ見ることができる自由度が高まったことで、意識の高い層とそうでない層に中国の民意は二極化が進んでいる。有力な民間のオピニオンリーダーを排除するといったメディア統制もこの二極化に拍車をかけた。

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著者

西本紫乃(にしもと・しの)

北海道大学公共政策大学院専任講師

1972年広島県生まれ、広島大学大学院博士後期課程単位満了退学、元外務省専門調査員(在中国日本国大使館)。著書『モノ言う中国人』(集英社新書、2011年)。

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