地域再生のキーワード

2016年3月21日

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磯山友幸 (いそやま・ともゆき)

経済ジャーナリスト

1962年東京生まれ。1987年早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、「日経ビジネス」副編集長・編集委員などを務め、2011年3月末で退社、独立。現在、経済政策を中心に政・財・官を幅広く取材、各種メディアに執筆するほか、講演やテレビ出演、勉強会の主宰など幅広く活躍している。オフィシャルHP(http://isoyamatomoyuki.com/)

著書に『2022年、「働き方」はこうなる』(PHPビジネス新書)、『理と情の狭間 大塚家具から考えるコーポレートガバナンス』(日経BP)、『国際会計基準戦争 完結編』(日系BP)、『ブランド王国スイスの秘密』(日経BP)など。共著に『オリンパス症候群 自壊する「日本型」株式会社』(平凡社)、『株主の反乱』(日本経済新聞社)などがある。

早稲田大学政治経済学術院(大学院)非常勤講師、上智大学非常勤講師。ボーイスカウト日本連盟理事。静岡県ふじのくにづくりリーディングアドバイザーも務める。

日経ビジネスオンライン(日経BP)、現代ビジネス(講談社)、フォーサイト(新潮社)、月刊 WEDGE(ウェッジ)、月刊 エルネオス(エルネオス出版)、フジサンケイビジネスアイ(産経新聞社)などに連載コラムなどを持ち、定期執筆している。

 「浅草六区」を復活させようという動きがここ数年盛り上がりを見せている。ここに引き寄せられた人たちによって、「にっぽんの暮らしが分かる」という、コンセプトのもと、新しい複合商業施設が誕生した。

「タイトウク」と読む。「台」は上野の高台を、東は上野台の東に位置する浅草を表している。明治維新後、浅草寺一体が七区に分けられて(七区は後になくなる)、六区は興行地区となった。
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 東京・浅草の寺の西側、国際通りとの間の一帯を「浅草六区」という。明治・大正から昭和にかけて、日本の娯楽の一大中心地として、多くのエンターテイナーを輩出した活気に満ち溢れていた場所だ。往時は映画館だけでも30あったというが、高度経済成長期以降、地盤沈下が進み、2012年に映画館はゼロになった。忘れ去られた繁華街の代表格である。

 その「浅草六区」を復活させようという動きが盛り上がりを見せている。もちろん地元の商店会やビル所有者、区役所なども再活性化に懸命に取り組んでいる。だが、それ以上に復活にひと役買っているのが、浅草六区という「場の力」に引き寄せられた人たちだ。

 そのひとりが大手芸能プロダクション、アミューズの大里洋吉会長。筆者も、ある「町おこし」の会合でご一緒した際、浅草六区にかける熱い思いを聞かされたことがある。「浅草は古くから、芸能の天女が空を舞っていると言われてきた土地柄なんです。劇場を復活させて文化を世界に発信する場にしたい」。大里氏は夢を語っていた。

 実際、14年7月には、浅草六区にカフェ形態の劇場「アミューズ・カフェシアター」をオープンさせた。アミューズ所属の「虎姫一座」がカフェのスタッフとなり、客をもてなしながらショーも行うという試みだ。さらに、松竹などと共に、浅草六区再生のためのプロジェクトにも参加している。

 そんな浅草六区の中心、「浅草六区ブロードウェイ」に面した一角に昨年12月17日、新しい複合商業施設が誕生した。その名も「まるごとにっぽん」。ちょうどアミューズ・カフェシアターが入るビルの向かい側である。

 東京楽天地が映画館などの跡地を再開発したもので、5~13階は「リッチモンド」ホテル、地下1階にはパチンコホールが入るビルの、1~4階部分だ。

浅草六区に誕生した「まるごとにっぽん」

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