ススキの絶景で50万人
奈良・曽爾村の次の一手


磯山友幸 (いそやま・ともゆき)  経済ジャーナリスト

1962年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。87年日本経済新聞社に入社し、東京証券部、フランクフルト支局長、「日経ビジネス」副編集長などを務める。11年からフリーに。熊本学園大学招聘教授。近著に『国際会計基準戦争 完結編』(日経BP社)。

地域再生のキーワード

新進気鋭の経済ジャーナリストが、地域再生のための「キーワード」を提示します。(画像:iStock)

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 大阪や京都から自動車で2時間程度のところにあるススキの名所として知られる曽爾高原。シーズンには大渋滞を起こす人気スポットは、先人の先見の明があったからこそ生まれた。新しいコンテンツを生み出すべく、いま再び種まきに着手している。

曽爾村
漆の発祥の地「ぬるべの郷」として知られる。岩肌をあらわにした鎧岳、兜岳、屏風岩は国の天然記念物に指定されている。

 夕陽に輝くススキの草原を見るために、毎年、住民の300倍を超す人々が押し寄せる村がある。奈良県東部、三重県との県境にある曽爾(そに)村だ。

 夏の終わりから秋にかけて、人口1590人の村は大阪など関西圏や名古屋圏からやってくる観光客であふれ返る。大半の人のお目当てが村の中心から車で15分ほど登った曽爾高原。すり鉢状に広がる草原には見渡す限りにススキが生い茂る。

 夏風に揺れる緑の絨毯が、一面の黄金色に変わる9月から11月がシーズンだ。中でも太陽が沈む夕刻には、絶景をカメラに収めようという人たちが草原の思い思いのスポットに三脚を立てる。1年間に50万人が曽爾高原を訪れるが、圧倒的にこの時季が人気だ。

 曽爾高原はもともと、村の太郎路(たろじ)集落の茅場(かやば)だったところだ。春に山焼きをして、茅ぶき屋根の材料であるススキを育てていた。ところが、高度経済成長期の建設ブームと共に茅場は姿を消し、植林地へと変わっていった。そんな中で、曽爾高原のススキが残ったのは決して偶然ではなかった。

 「当時の村長が、村民の反対を押し切って残すと決めたんです。すでに植わっていた木も伐採してススキに変えた。応じない村民の土地を、村長自身の所有地と交換までしたんです」

 そう現村長の芝田秀数氏は語る。先輩村長は、曽爾高原の景観がいずれ観光資源になると見据えていたというのだ。まさに先見の明というべきだろう。輸入材に押されて林業が衰退した今、曽爾村は「観光立村」を掲げている。

鎧岳を背景に芝田秀数村長と筆者
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「地域再生のキーワード」

著者

磯山友幸(いそやま・ともゆき)

経済ジャーナリスト

1962年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。87年日本経済新聞社に入社し、東京証券部、フランクフルト支局長、「日経ビジネス」副編集長などを務める。11年からフリーに。熊本学園大学招聘教授。近著に『国際会計基準戦争 完結編』(日経BP社)。

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