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2015年12月26日

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磯山友幸 (いそやま・ともゆき)

経済ジャーナリスト

1962年東京生まれ。1987年早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、「日経ビジネス」副編集長・編集委員などを務め、2011年3月末で退社、独立。現在、経済政策を中心に政・財・官を幅広く取材、各種メディアに執筆するほか、講演やテレビ出演、勉強会の主宰など幅広く活躍している。オフィシャルHP(http://isoyamatomoyuki.com/)

著書に『2022年、「働き方」はこうなる』(PHPビジネス新書)、『理と情の狭間 大塚家具から考えるコーポレートガバナンス』(日経BP)、『国際会計基準戦争 完結編』(日系BP)、『ブランド王国スイスの秘密』(日経BP)など。共著に『オリンパス症候群 自壊する「日本型」株式会社』(平凡社)、『株主の反乱』(日本経済新聞社)などがある。

早稲田大学政治経済学術院(大学院)非常勤講師、上智大学非常勤講師。ボーイスカウト日本連盟理事。静岡県ふじのくにづくりリーディングアドバイザーも務める。

日経ビジネスオンライン(日経BP)、現代ビジネス(講談社)、フォーサイト(新潮社)、月刊 WEDGE(ウェッジ)、月刊 エルネオス(エルネオス出版)、フジサンケイビジネスアイ(産経新聞社)などに連載コラムなどを持ち、定期執筆している。

 大阪や京都から自動車で2時間程度のところにあるススキの名所として知られる曽爾高原。シーズンには大渋滞を起こす人気スポットは、先人の先見の明があったからこそ生まれた。新しいコンテンツを生み出すべく、いま再び種まきに着手している。

曽爾村
漆の発祥の地「ぬるべの郷」として知られる。岩肌をあらわにした鎧岳、兜岳、屏風岩は国の天然記念物に指定されている。

 夕陽に輝くススキの草原を見るために、毎年、住民の300倍を超す人々が押し寄せる村がある。奈良県東部、三重県との県境にある曽爾(そに)村だ。

 夏の終わりから秋にかけて、人口1590人の村は大阪など関西圏や名古屋圏からやってくる観光客であふれ返る。大半の人のお目当てが村の中心から車で15分ほど登った曽爾高原。すり鉢状に広がる草原には見渡す限りにススキが生い茂る。

 夏風に揺れる緑の絨毯が、一面の黄金色に変わる9月から11月がシーズンだ。中でも太陽が沈む夕刻には、絶景をカメラに収めようという人たちが草原の思い思いのスポットに三脚を立てる。1年間に50万人が曽爾高原を訪れるが、圧倒的にこの時季が人気だ。

 曽爾高原はもともと、村の太郎路(たろじ)集落の茅場(かやば)だったところだ。春に山焼きをして、茅ぶき屋根の材料であるススキを育てていた。ところが、高度経済成長期の建設ブームと共に茅場は姿を消し、植林地へと変わっていった。そんな中で、曽爾高原のススキが残ったのは決して偶然ではなかった。

 「当時の村長が、村民の反対を押し切って残すと決めたんです。すでに植わっていた木も伐採してススキに変えた。応じない村民の土地を、村長自身の所有地と交換までしたんです」

 そう現村長の芝田秀数氏は語る。先輩村長は、曽爾高原の景観がいずれ観光資源になると見据えていたというのだ。まさに先見の明というべきだろう。輸入材に押されて林業が衰退した今、曽爾村は「観光立村」を掲げている。

鎧岳を背景に芝田秀数村長と筆者

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