秋山真之の
負けぬ気と油断せざる心

(1) 名参謀になるための素質と環境


三浦康之(みうら・やすゆき)
1934年、満州国新京市生まれ。早稲田大学政経学部政治科卒。日本航空を定年退職後、著作をはじめる。著書に、『碁、このアジア的経営パラダイム』『甦る秋山真之』(上・下)、『満鉄と東インド会社、その産声』(いずれもウェッジ)、『戦略で勝てるか――体験的経営戦略論』『司馬遷流「イスラーム史記」』(いずれもエイチアンドアイ)など。

秋山真之に学ぶ名参謀への道

 日露海戦を勝利に導いた軍略家として名高い秋山真之。その活躍ぶりは司馬遼太郎の小説『坂の上の雲』によって広く知られている。東郷平八郎をして「智謀湧くが如し」と言わしめた秋山の軌跡を辿ると、組織において参謀という存在がいかに大切かが分かる。
翻って、現代の企業にも秋山のような名参謀が必要である。大手航空会社で企業参謀としての研鑽を積み、歴史上のリーダーについても著書の多い著者が、秋山真之の軌跡を読み解きながら名参謀への道を説く。

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軍学をまじめに勉強すれば、だれでも名参謀になれるか。

 経営学をまじめに勉強しても、だれもが名経営者になれるわけではない。

  「負ケヌ気ト油断セザル心アル人ハ、無識ナリトモ、用兵家タルヲ得」

 アメリカ留学中の秋山真之海軍大尉は、自戒のことば30条をビゲロー著『戦略原理』のうらトビラに書き付けました。その第2条です。真之ときに31歳。

 この条をひっくり返して読みましょう。

 軍学の知識があっても、負けぬ気と油断しない心を欠く人は、用兵家になれない。

 では、真之の「負けぬ気と油断せざる心」はどのようにして養われたのか。

 すべては天の時、地の利、人の和で決まるといいます。

 そこでまず、天の時です。

自分の生まれた環境を味方にできるか

 秋山真之は明治元年3月20日に生まれました。

 「太平の眠りを覚ます上喜撰たった四杯(しはい)で夜も眠れず」

 銘茶の上喜撰と、米海軍ペリー提督ひきいる四隻の蒸気船をかけた川柳です。

 植民地の争奪に乗出した欧米列強に囲まれて、明治日本は油断するどころではなかった。戦々恐々、「尊皇攘夷」から「富国強兵」」へ君子豹変します。この明治の油断せざる時代精神が三八年をかけて、日本海海戦の名参謀秋山真之を育てました。 まさに明治維新の申し子です。本人にもその自覚があった。

 平成のいま、38歳の方は1970年前後、昭和45年の大阪エクスポのころにお生まれのはずです。ご自分の生まれた年、天の時をどう意義づけるか。

 エクスポの年、日本の将来は輝いてまぶしいほどでした。楽観の気分が広がります。ところが、あとがいけない。バブルからバースト、さらに世界金融大恐慌と油断の連続でした。

 もうさすがに懲りたでしょう。エクスポ世代は「油断せざる心」をもつて、新たな時代と地平を切り拓いていただきたい。

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