オトナの教養 週末の一冊

2016年5月8日

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本多カツヒロ (ほんだ・かつひろ)

ライター

1977年横浜生まれ。2009年よりフリーランスライターとして活動。政治、経済から社会問題まで幅広くカバーし、主に研究者や学者などのインタビュー記事を執筆。現在、日刊サイゾーなどに執筆中。ブログ:http://golazo-sala.cocolog-nifty.com/pinga/

ーー翻って、現状では理系も含め大学を取り巻く状況は厳しいです。現状をどうお考えですか?

吉見 日本は大学の数を増やしすぎてしまいました。終戦直後の1945年には48校しかなかったのが、今では800校近くあります。80年代後半には18歳人口は減り始めたにも関わらず、規制緩和の流れで増やし続けたことは致命的でした。

 さらに悪いことに、志願者を獲得しようとした各大学は手を変え品を変え、新商品にラベルを貼るように学部名称をコロコロと変えていった。90年頃まで学部名称の数は97種類だったのが、現在では464種類、まさにカンブリア的大爆発です。

 この2つに加え、大学院重点化政策のために大学院生の定員を増やした。しかし、社会は変化していないわけですから、大学院生の数だけ増やし、学生が修士号や博士号を取得してもその後のキャリアパスが開けません。そうした先輩たちを見ていた後輩世代は、優秀な学生ほど大学院へ進学しなくなります。しかし、大学院は定員を充足させようとしますから、さらに入学しやすくなる。そうなると、学部の4年生より、大学院の1年生のほうが学力が低いといった現象も生じます。ますます日本の大学院は世界で評価されなくなりますし、学部も含めた大学全体の質が劣化していったのがここ15年の状況です。

ーーこうした状況に対し、吉見先生は今後大学をどう変革していくべきだと考えていますか?

吉見 この本の後半では、まさにそのビジョンを示しました。まず、1人の学生が1つの学部に所属する仕組みを止め、1人の学生は基本的に2つの専門分野を学ぶダブルメジャーを採用すべきです。これは、アメリカの大学では当たり前で、主専攻と副専攻を必ず取ります。たとえば、ある学生は法学部と工学部、文学部と農学部に所属するといったように。そうした仕組みが当たり前にならないとイノベーティブな知は生まれてきません。

 これは前半にお話した役に立つ、立たないと関係していて、文系が役に立つと主張しましたが、理系が役に立たないとは一言も言っていません。文系、理系にそれぞれの役立ち方があり、それを組み合わせれば強力なわけです。たとえば、コンピュータサイエンスを専攻している学生が、副専攻で法学部の知的財産権についての勉強をする。あるいは、医学を主専攻にしている学生が、副専攻で哲学や倫理について勉強し、人間とは何であるかを知れば良い。しかしこれは理系的な知と教養知を学ぶということではなく、大学の仕組みとして理系的な知と文系的な知を有機的に組み合わせる仕組みを日本の大学に作るということです。

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