WEDGE REPORT

2016年6月17日

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村中璃子 (むらなか・りこ)

医師・ジャーナリスト

医師・ジャーナリスト。東京都出身。一橋大学社会学部・大学院卒、社会学修士。その後、北海道大学医学部卒。WHO(世界保健機関)の新興・再興感染症対策チーム等を経て、医療・科学ものを中心に執筆中。京都大学大学院医学研究科非常勤講師も務める。

「明らかに脳に障害が起こっている。ワクチンを打った後、こういう脳障害を訴えている患者の共通した客観的所見が提示できている」

テレビ番組で自信をみなぎらせる池田修一教授
TBS News23

 3月16日夜に放送されたTBSのニュース23で、信州大学の池田修一副学長は、「国の研究班の代表 信州大学 池田修一医学部長」のテロップつきでこう語った。根拠にしたのはマウスを用いた実験結果である。

「子宮頸がんワクチンを打ったマウスだけ、脳の海馬・記憶の中枢に異常な抗体が沈着。海馬の機能を障害してそうだ」(ニュース23)

TBS News23

 しかし、3カ月に及ぶ取材で明らかになったのは、信じがたい捏造行為の存在だった。池田教授のコメントを正しく修正すると次のようになる。

「子宮頸がんワクチンを打ったマウスの脳にワクチンによる異常が発生したという科学的事実はなく、そもそも、このマウス実験はワクチン接種後に症状を訴えている患者とは何ら結びつけることができない実験だった」

 厚生労働省は、国費を使って、池田修一・信州大学第三内科(脳神経内科)教授(兼副学長、兼医学部長)を班長とする通称「池田班」と、牛田享宏・愛知医科大学医学部学際的痛みセンター教授を班長とする通称「牛田班」に、子宮頸がんワクチンの副反応を研究させてきた。両班合同の成果発表会がメディアに公開される形で開催された日の夜に、TBSがぶつけたのが冒頭に紹介した池田教授インタビューだった。

 池田班の発表は3つのポイントからなる。まず、患者の症状から、ワクチンが脳障害を引き起こしている疑いがあること。次に、その原因は、自分を攻撃する異常な免疫である自己抗体にあり、関連する遺伝子が存在すること。そして、脳障害が、マウスを使った基礎実験でも確認されたということである。副反応メカニズム証明の入口に立ったと言わんばかりの発表に、メディアは色めきたった。

 成果発表会からわずか2週間後の3月30日、子宮頸がんワクチン被害者連絡会は記者会見を行い、国と製薬企業2社を相手取って集団提訴を行う予定であることを発表した。

医学部長が遺伝子頻度を理解せず

 まず崩れたのが「遺伝子」だった。池田教授は、子宮頸がんワクチンによる脳障害を訴えている患者の約8割がDPB1*05:01という免疫に関わる遺伝子を持っており、日本人の平均頻度約4割の倍以上だ、と発表した。

 しかし、筆者は、京都大学大学院医学研究科附属ゲノム医学センターの松田文彦教授の協力を得て検証を行い、「保有率と遺伝子頻度の混同」(図参照)という基本的ミスによる誤りであることを指摘する記事を執筆した(Wedge Infinity「利用される日本の科学報道 前篇中篇」)。

 大学教授が、ショウジョウバエやエンドウマメでお馴染みのメンデル遺伝の基礎を知らないはずがない。このミスリードに対する問い合わせが相次いだ厚労省は4月20日、池田班の発表に問題があったことを認める文書を発表するに至った。

 厚労省自らが班長に指名し、研究費を出している研究発表の内容を公式に否定するのは異例のこと。池田教授のプレゼンテーションそのままにHLA型に関する記事を書き、ほぼ誤報となっていた毎日新聞は「子宮頸がんワクチンの接種と健康被害の因果関係は明らかになっていない」との一文を含む追加報道を出した。

 一方、マウス実験についても、専門家の間では疑義が上がっていた。

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