チャイナ・ウォッチャーの視点

2016年11月11日

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西本紫乃 (にしもと・しの)

北海道大学公共政策大学院専任講師

1972年広島県生まれ、広島大学大学院博士後期課程単位満了退学、元外務省専門調査員(在中国日本国大使館)。著書『モノ言う中国人』(集英社新書、2011年)。

 11月8日の米国大統領選挙のトランプ候補勝利の事実は、中国の人々にとっても意外な驚きをもって迎えられた。もともと中国人の政治に対する関心は結構高い。自国の政治のことをおおっぴらに云々と言えないだけに、他国の政治についての議論は盛んだ。今回の米国の大統領選挙についても、選挙戦のスタート時から国際政治の専門家を中心に数々の論客が議論に参加してきた。

トランプが勝ったら裸で北京の街中を走る

中国のトランプマスク製造工場(GettyImages)

 9日のトランプ勝利確実となった直後、そうした中国の論客の一人、王冲氏に「トランプ政権は中国にとってどんな影響があるか」質問したところ、答えは一言だけ、“わからん!”と返ってきた。あとで聞いた話、彼は以前テレビの討論番組で「ヒラリー候補勝利」を宣言し、「もし負けたら、裸で北京の街中を走る」を公約してしまっているとのことだ。私が質問したときは、この先トランプ政権の対中政策がどうこう、というよりも、約束をどうやって履行するかで頭がいっぱいだったのかもしれない。

 投票結果が次々に更新される9日、中国のSNSでは「米国にこの先いられないかもしれない」と不安がる中国人留学生や、世界の株式市場が混乱すると中国の株価も暴落するかもしれないと懸念すると投資家、かたや「米国国民は毒入りミルクを飲んだ」と、米国が世界に誇ってきた民主主義システムがポピュリズムよって崩壊したとあざ笑う意見も少なくない。

 当初、中国でもヒラリー候補が勝つだろうというのが大方の予想だった。予想を裏切る開票結果は人々の関心を大いに刺激している。ではなぜ、トランプ氏が勝ったのか、その要因について中国の有識者が口々に指摘しているのが、「ポリティカル・コレクトネス」と「エリート政治」の敗退だ。

 チャイナ・アンド・グローバリゼーション・センターの儲殷・研究員は、今回の選挙結果は米国の「ポリティカル・コレクトネス」と「プロ・エスタブリッシュメント」の敗北だと論じている。また、ブルッキングス研究所のジョン・ソーントン・チャイナ・センターの李成・研究員もトランプ氏の発言は反移民や反グローバリゼーション、反エリートを煽って社会の隅々に落ちている不満に巧みに迎合し、それによって政治や経済に対する不満を集めたのだと指摘している。

 思想史が専門の華東師範大学の許紀霖・教授も米国に限らず、世界中に蔓延する右翼保守主義の根底には「ポリティカル・コレクトネス」と人々が直面する現実とのズレがあることを指摘している。「ポリティカル・コレクトネス」はある意味、自由な言論の制限であり、今回の米国大統領選挙では、トランプ氏の登場によって、白人社会が不満を抱いていた、イスラム原理主義のテロの脅威やメキシコ移民の犯罪の増加について本音を語っていいのだと人々が感じたのだと述べている。さらに、コラムニストの徐立凡氏は選挙制度の欠陥やメディアによる討論のコントロール、党内部の癒着などが「チェンジ」へのニーズを強め、「プロ・エスタブリッシュメント」やエリートたちへの「くたばっちまえ!」という感情を高めさせたのだと語っている。

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