東大教授 浜野保樹のメディア対談録

2010年5月12日

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浜野保樹 (はまの・やすき)

東京大学大学院新領域創成科学研究科教授

1951年生まれ。工学博士。コンテンツ産業や制作に関する研究開発に従事する。主な著書に『大系 黒澤明』(講談社)『偽りの民主主義』(角川書店)『表現のビジネス』(東京大学出版会)などがある。(財)黒澤明文化振興財団理事、文化庁メディア芸術祭運営委員ほか。

 でも韓国では、今年の初めにロッテ映画館限定、各地70スクリーンで上映をしたときに実施しました。韓国では初めてでしたから、みんなびっくりしてくれましたね。映画館に行ったら、主人公のポケモンが自分のゲーム機にやってきたんだ、って。

家の前がすぐ海、囲碁将棋にはまった子供時代

社内会議室で微笑む石原氏

司会 ずっと伺っていますと、子供の気持ちをつかもうとする意欲が石原さんには強くありますね。当たり前だとおっしゃるかもしれませんが…。ご自身の子供時代というとどんなだったんですか。三重県のご出身ですが。

石原 家の前が海でね。伊勢志摩国立公園の、内海の入り江でした。家から釣り糸を垂らして魚が釣れましたし。汐が引いた後にずっと下りていくと、サザエやアサリなんか好きなだけ取れました。あんな自然が残っていたんですねえ。不思議なくらいです。

 親父は囲碁将棋が好き。ときどき相手をして、教えてくれるんです。僕はそういう遊びに、それはそれは、はまりました。しょっちゅう父に一緒にやろうとせがむのですが、釣り船宿を営んでいて、そう暇ではない。ですから本を買って定石の勉強をしたりしましたね。対人型ゲームはその頃から好きでした。

司会 今でも、ですか? 

石原 出るゲームは、かなりかたっぱしからやりますね。妻は高校の時の同級生なんですけど、夫婦ともゲーム好きで、新作はほぼ試すという…。 

司会 お子さんは? 失礼ながら。 

石原 いません。黒のラブラドール・リトリバーがいて、11歳と、もうおじいちゃんで、毛に白いものがまじってます。だから僕の家内は朝、昼、夕方、晩と、4回も外に連れ出しています。僕は朝1回散歩させるだけなんですが・・・。 

浜野 子供の頃は、何になりたいと思ったんです?

石原 鳥羽の水族館ですとか、御木本の真珠の養殖場とか、そういうところで写生大会があると、入賞したりしていたので、中学の頃は絵描きになりたい、なれるんじゃないかと思っていました。美術部員でしたし。 

 あとは、普通ですよ。マンガ雑誌を一日中読んでいようが、プラモデルばかり作っていようが、考えてみたら親からガミガミ言われたことはあまりありませんね。

 そういう寛容さというのは、日本の子育てにあるかもしれない。最近は中国でも韓国でも子供をとても大事にしますが、こういう類の寛大さは、これは浜野先生の言われるように、日本の特性かも知れない。ポケモンの生みの親である田尻智さんの子供時代など聞いても、知的興味で動いている限り、親は寛容だったようですね。

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