東大教授 浜野保樹のメディア対談録

2010年5月12日

»著者プロフィール
著者
閉じる

浜野保樹 (はまの・やすき)

東京大学大学院新領域創成科学研究科教授

1951年生まれ。工学博士。コンテンツ産業や制作に関する研究開発に従事する。主な著書に『大系 黒澤明』(講談社)『偽りの民主主義』(角川書店)『表現のビジネス』(東京大学出版会)などがある。(財)黒澤明文化振興財団理事、文化庁メディア芸術祭運営委員ほか。

浜野 小遣いひとつにしても、欧米だと家の仕事をした報酬として、でしょう。もらえるのは。日本はねえ、お年玉とか、それも多額でしょう。甘やかしているともいえるわけですが。

ポケモンとゴジラ――どちらも血が出ない

司会 ポケモンの世界には、まがまがしい悪がない。剣とか、トゲがない。と、そういうことを言う人もいます。そこらはどうですか。

浜野 「ゴジラ」ですね、思い出すのは。 

 あれは恐い怪獣ですよ。特に第1作のゴジラは。でも円谷英二監督には、子供の世界観に影響を与えるものはこういうものでないといけない、あるいは、こういうものであってはいけない、っていう一線を引くセンスが非常に強くありました。

 例えばゴジラは、いろんなものを踏み潰すかもしれないが、人が踏み潰されてぺしゃんこになっているシーンは絶対にありません。それを言うなら、一切血が出ない。子供が見るんだからと、そこは非常に注意を払っている。ウルトラマンにしても。

 そこに、ゴジラやウルトラマンが長い生命を保ったひとつの理由が隠れているなと思いますよ。だいたい、親が顔をしかめたら、2度目は連れて行かないですからね。石原さんも、ポケモンは子供のメディアであるってことをとても意識なさっているのだと思います。

石原 血の飛び散るような場面が多かったり、暗黒街でのし上がるため何人もの人を殺したりするゲームは、実はアメリカでとても受けています。むしろそちらが主流かもしれない。 

 自分でそんなゲームをやっていて、「これをもし、自分が子供時代にやっていたら・・・」と考ると、背筋が少し寒くなるような、そういう感覚は皆無ではありません。

 子供から大人にまで支持されるポケモンに、そういった場面がないのは事実ですが、ちょっとした邪悪なるものや毒は、全くないのかというと、僕はそれは、むしろある程度なくてはならないと思っているんです。

1996年に発売されたゲームボーイソフト
『ポケットモンスター 赤・緑』

 とりわけ第1作目の『赤・緑』に出てくるポケモンたちには、そういうちょっとした毒があると思います。人生には不条理なことだってあるし、人間世界に毒は付き物なので。怪獣の暴力性とか荒唐無稽さが、今は、だんだん見られなくなっていますが、全く無くなってしまうのはよくないな・・・と思ったりすることもあります。

 例えばポケモンの世界には、虫ポケモンと鳥ポケモンがいて、鳥は虫を好物にしている。え、そこには食物ピラミッドみたいなものがあるのかと、驚く子供がいるかもしれないですし、可哀相と言う子がいるかもしれません。

 でも、それらを全てなくしてしまうと変ですよね。多少、気持ち悪い生き物だっているし、触ってみようかな、恐いなという生き物もいないとね。生き物がもつリアリティを画面で感じてもらえたところが、ポケモンが男の子にも、女の子にも夢中になってもらえたところでしたし。

(C)1995 Nintendo /Creatures inc. /GAME FREAK inc.

関連記事

新着記事

»もっと見る