2024年4月23日(火)

特別対談企画「出口さんの学び舎」

2017年5月17日

人間の脳は定住したときから変化していません

出口:僕は歴史が好きなのですが「昔の人のことなんか勉強して、役に立つの?」とよく聞かれます。そういうときはいつも「僕が知る限り、脳そのものはドメスティケーション(動物の家畜化や植物の栽培化)以降進化していない。喜怒哀楽などの判断は一緒ですよ」と、素人考えで言っているんです。

池谷:その通りだと思います。脳が、人の脳になったのが、いつくらいかはわかりませんが、300万年くらい前に人類ができているから……。

出口:荒っぽくいえば、ホモサピエンスが登場したのは20万年前くらいですよね。

池谷:そうですね。

出口:動物行動学者の岡ノ谷一夫先生に、言語はコミュニケーションから始まったのではなく、考えるツールとして始まったと聞きました。脳がある程度発達し、考えるツールが欲しくなった。それが言語だ、と。それが10万年くらい前ですから、そのときちょっと脳が進化したのかなと思うんです。 

 また、考古学者の西秋良宏先生からは、ドメスティケーション、即ち定住を始めてから、それまで世界中を歩き回って狩猟採集の生活をしていた人たちが、植物や動物を支配するようになった。「そのときちょっと脳が変わったんだよ」と聞きました。そこからはあまり変わってない、と。

池谷:たぶん、言語に関わるFOXP2という遺伝子を獲得したのが大きいんです。この遺伝子はネズミにもチンパンジーにもあるのですが、人だけは、ある特定の領域のアミノ酸の配列が変わっていて、人とは機能が違う。人でもFOXP2に欠陥があると言語障害になるんです。

出口:なるほど。

池谷:そのアミノ酸を人がいつ置換し、言語を獲得したか遡ると、10万年くらい。学術的には賛否両論あるのですが、たぶんそれくらいです。その後、人は世界中に拡散していきますね。

出口:はい、アフリカから出て行きます。

池谷:アフリカから出て、世界中に拡散して定住したのはその後ですが、面白いのは予定調和のように、ほぼ同じ時期に「せーの!」で定住を始めているんです。その時期にいっせいに何か別の「定住遺伝子」が変化したとは考えにくい。でも脳の使い方は、定住に合わせて、絶対に変化しているんです。

出口:遺伝子は変わっていないんですね。

池谷:ええ、変わっていないと思います。

出口:考えてみたら、定住って狭いところにうじゃうじゃ住むから、病気にもなりやすいし、メリットがあまりないですよね。

池谷:トイレやゴミを捨てる場所にも困ります。それまでは管理しなくてもよかったのに、川の近くに住んで、ポイポイ捨てていくようになる。貝塚なんて、どこにでも残っているわけで、捨てるのに困ったことがわかります。

出口:ですよね。

池谷:それでも、定住を始めた。当時の遺跡や化石を見ていると、狩猟採集をやっていたころに比べて体が小さくなっているんですよ。

出口:お米や大麦や芋は、栄養が少ないですから。

池谷:そうそう、古代の野生植物は品種改良されていませんから、栄養源が少なくて、苦労したと思う。だから小さくなっちゃったんでしょうね。しかも、働く時間も長くなった。狩りのときって一日1時間も働いてないんじゃないかと思うんですよ。

出口:1匹獲れたら、1週間ボーナスですから!

池谷:本当は定住したくなかったけど、なぜか世界中でいっせいに定住を始めた。おそらく地球規模の環境の変化じゃないかと思います。ちょっと寒くなったんでしょうね。

出口:ヤンガードリアス期のような小氷期などですね。

池谷:そのために栽培せざるを得なかったのかな。そこはよくわかりません。ただ、面白いのは、また気温が上がって、狩りができるようになっても、人間は狩猟生活に戻らなかった。

出口:不思議ですね。

池谷:定住してみたら、意外とよかったのかなあ。

出口:今の時代だって、一部の人はカルロス・ゴーンさんのように世界中を飛び回っていますが、みんなやっぱり「家のベッドじゃなきゃ寝られへん」とか言いますからね。

池谷:僕も寝られないですねえ。家が一番です。そう考えると、あのころから脳は基本的に変化していないという、出口さんのお考えの通りです。将来の定住生活を見据えて、何億年もかけて定住に適するように進化してきたとは到底思えませんが、定住という形が脳にたまたまフィットするツボだったのかな、と思うんですよ。

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池谷裕二(いけがや ゆうじ)
1970年静岡県生まれ。脳研究者。東京大学薬学部教授。薬学博士。神経科学および薬理学を専門とし、海馬や大脳皮質の可塑性を研究。また、最新の脳科学の知見を出し惜しみせず、かつわかりやすく伝える著書は多くのファンを得ており、ベストセラー多数。著書に、『海馬』(糸井重里氏との共著)『進化しすぎた脳』『脳はなにかと言い訳する』『のうだま』『のうだま2』(ともに上大岡トメ氏との共著)『単純な脳、複雑な「私」』『脳には妙なクセがある』など。
出口 治明(でぐち はるあき)
1948年三重県生まれ。京都大学法学部卒業。ライフネット生命保険株式会社代表取締役会長。日本生命保険相互会社に入社。ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを経て退職。2006年に生命保険準備会社を設立し、代表取締役社長に就任。生命保険業免許取得に伴い、ライフネット生命保険株式会社を開業。2016年6月より現職。
主な著書に
『世界一子どもを育てやすい国にしよう 』出口治明・駒崎弘樹(著)(ウェッジ)、『「働き方」の教科書: 人生と仕事とお金の基本』(新潮文庫)他。


▼特別対談企画「出口さんの学び舎」
・木村草太(憲法学者)×出口治明(ライフネット生命会長)
・森本あんり(神学者、アメリカ学者)×出口治明(ライフネット生命保険会長)


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