使えない上司・使えない部下

2017年7月21日

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吉田典史 (よしだ・のりふみ)

ジャーナリスト・記者・ライター

ジャーナリスト。1967年、岐阜県大垣市生まれ。2006 年から、フリー。
主に、人事・労務分野で取材・執筆・編集を続ける。『悶える職場』(光文社)、
震災死』『あの日、「負け組社員」になった…―他人事ではない“会社の落とし穴”の避け方・埋め方・逃れ方』(ダイヤモンド社)『封印された震災死』(世界文化社)など。

 今回紹介するのは、パーソナルシードグランドマスターコーチや作家、マネーコーチとして活躍する名倉正さん。

 13年間にわたり、国内、海外で年間100回以上、延べ10万人以上に研修・講演を行っている。特に「あなたの人生を変える講演会」は、全国各地で話題となる。「YouTube」でも、引き寄せの法則などをテーマにレクチャーし、人気となる。

 大企業から中小企業まで様々な会社で主に営業の仕事をしてきた名倉さんの見た「使えない上司」「使えない部下」とは…。

(Ivary/iStock)

偉いと思うもん。会社員は…

 上司にしろ、部下にしろ、「使える」「使えない」の基準でいえば、まずは仕事ができるかどうか、だと思います。私が会社員の頃に仕えた上司のほぼ全員が、仕事はできる人でした。サラリーマンの中では、実力があった方たちでしょうね。

 大手不動産会社の横浜の営業所に勤務していたときの上司は、部下たちの心を掌握するのがとてもうまかった。僕ら営業マンたちがマンションや団地などへ行き、手分けをしてチラシを1軒1軒の家のポストに投函するのです。

 上司は、「今日はこのあたりを配ろう」と率先して配ります。僕らもTシャツや短パンの恰好で、汗をかきながらガッーと動き回るんですよ。配り終えると、上司が「銭湯に行こう!」と誘います。風呂から出ると、「今日は、営業所に帰らなくともいい。みんなでビールを飲みに行くぞ!」と声をかける。上司は赴任し、わずか1カ月ほどで部下たちの心をつかんでいました。営業所の成績もよかった。あの方は、たいしたものですよ…。

 その後、品川の小さな販売代理店からハンティングをされて転職したのです。「年収1000万円支払う。毎月の給与で1000万円に達しないならば、ボーナスを支給し、上乗せする」ということで入社したんです。ところが、ボーナスが出ない。こんなに大切な約束を守らない会社があるんだな、とはじめて思い知りました。ここの上司には、いい印象はなかったですね。

 事務員のお局様がいたのです。一時期、困ったことがありました。契約のやりとりで、僕が彼女に強く言ってしまった。その日以降、女性社員たちが僕にだけ、お茶を入れてくれない…(苦笑)。ほかの社員には入れているんですよ。

 ある女性社員に聞いたんです。「僕にだけなぜ、お茶を入れてくれなくなったの?」。すると、「絶対に言わないでくださいよ。お局様が、名倉さんには絶対にお茶を出すな!と私たち女子全員に言っているんです」…。

 それで、お局様にお詫びしました。彼女の態度が変わり、女性社員全員も変わりました。お局様はずいぶんとよくしてくれるようになって、仲良しになりました。髪が長くて、一生懸命に手入れをしている方でしたね。

 その後、移った生命保険の代理店のときに仕えた上司は嫌でした。もう、2度とサラリーマンをしたくないと思った。フルコミッションなので、出社は基本的に自由で、直行直帰もあり。目標の成績さえ上げていればですが…。

 僕は会社を辞める間際だったので、契約をあまりとっていない。上司は、「おい、名倉。ちゃんと数字上げろよ。お前は、朝8時出社だ!」と叱る。むかつくわ、こいつと思いました。だけど、その方は成績がすごくいい。僕は合わなかったんでしょうね。

 最も苦痛を感じた上司は、この方ですよ。それ以前の大手企業にいたときは、いい上司に恵まれていたんだな、とつくづく思いました。偉いと思うもん。会社員は…。あのまま会社員をしていたら、ストレスのあまり、円形脱毛症になっていたのかもしれません。上司も部下も互いに嫌いでも、相手を選べませんから。人間関係のストレスは、ネットの2チャンネルなどで発散して遊ぶくらいしかないじゃないんですか…。

 だけど、特に大企業などには、プロフェッショナルなサラリーマンはたくさんいるんです。人間的な能力の高い人もいっぱいいます。僕は、あんなふうになれない。

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