世界の自動車の生産台数は、年間9600万台、市場規模は2兆米ドルある。自動車産業は裾野の広い産業なので、部品製造、販売など関連する事業の売り上げ、雇用を加えると、その規模はさらに大きくなる。日本自動車工業会によると日本の自動車関連産業の出荷額は53兆円、全製造業出荷額の17.5%、雇用は534万人だ。
規模が大きい自動車産業の育成は、国の産業政策の中で最重要施策の一つになる。特に、新興国の経済発展には欠かせない産業であるため、新興国は自国の自動車産業育成を目的に、例えば高率の輸入関税により輸入車を制限し、海外メーカに自国での生産を促す政策などを用いる。しかし、部品数が数万点に及ぶ産業を先進国と競争できるまで育てることは簡単ではない。
乗用車、商用車を合わせた昨年の自動車生産台数が2840万台と世界一の中国も、性能、デザインが先進国メーカのレベルに達しないため、輸出市場での競争はまだ厳しい。エンジンの製造、制御に長い経験を持つ欧米日の企業の追いつくのは簡単ではない。ならば、難しい内燃機関車から電池駆動の電気自動車(EV)に競争のルールを変えてしまおうと考えたのが中国だ。中国政府は、自国メーカ支援の政策を導入し、EVと電池で世界市場の主導権を握ろうとしている。
EVに出遅れていたトヨタ(『次世代自動車競走、欧米、中国に続き韓国も、大丈夫か?日本車』)がマツダ、スズキ、ダイハツなどと協力し自動運転、EV開発に乗り出すと報道されているが、EVでは米テスラに加え中国企業とのし烈な競争が予想される。大丈夫か? 日本車。
中国がEVを必要とする3つの理由
2014年5月、中国の習近平国家主席は、中国が自動車産業強国になる道を作るのは次世代自動車と述べている。次世代自動車は中国の産業政策の要ということだが、次世代自動車のなかでも中国政府が注力しようとしているのはEVだ。部品数が内燃機関自動車の数分の一になるため、後発の企業でも先進国企業と競争可能になる。
中国政府がEVに力を入れている理由は、他にもある。まず、原油の輸入量の抑制だ。2009年に、中国では輸入原油量が国産原油の生産量を上回り、1日当たり380万バレルの生産量に対し輸入量は410万バレルになった。その後、国内生産量は頭打ちになっているが、消費量は増える一方だ。今年3月には輸入量が平均921万バレル/日に達し過去最高となった。輸入比率は7割近くに達し、安全保障上の問題も指摘されている。
中国の発電の7割以上は国内産が主体の石炭で行われているが、原子力と再生可能エネルギーによる発電量は急増している。EVに切り替えることができれば、電力消費量は増加するものの原油消費量を抑制できる。
大気汚染対策もEV導入の目的の一つだ。大気汚染物質の排出量がない再エネと原子力の発電量の増加分で、仮にEVによる電力需要増を賄えず、石炭火力の発電量が増加すれば、発電所近辺では大気汚染が悪化するが、都市部を中心とした大気汚染対策には役立つ。自動車からの二酸化炭素排出量削減につながる可能性もあるが、これについては後ほど検討したい。
覇権を狙う中国の政策
EVにより先進国の自動車企業を打ち負かしたい中国は、EVに対する補助金を国内メーカに限定するなどの優遇策を導入している。結果、中国は米国を抜き、昨年のEV販売台数世界一となり、累積の台数でも世界一となった(表-1)。
ただし、自動車販売に占めるシェアは、まだ1%を少し超えたところだ。中国政府の目標は2025年の販売台数の20%をEV中心の次世代自動車にすることだ。中小メーカが林立しないように、新規メーカの数を制限し、生産を大規模メーカに集中する政策も採用されている。
さらに、中国政府は昨年9月に主としてEVとプラグインハイブリット(PHV)の目標を導入すると発表した。2018年からクレジット制度が導入され、自動車メーカは18年には販売台数の8%、19年には10%、20年には12%を達成することが必要になる。未達成のメーカには生産、輸入制限のペナルティが適用される。クレジットは走行性能により変動することになる。
この目標は野心的過ぎるとして、ドイツのメルケル首相が、中国李克強首相に対し今年5月の面談時に開始を遅らせることを要求した。結果、中国が譲歩したと報道されたが、その後中国政府が発表した案では変更は行われなかった。このため、6月18日に欧州、米国、日本、韓国の自動車工業会が連名で、中国工業情報化部部長宛に、「制度開始を少なくとも1年遅らせること。罰則の緩和。国内と海外メーカを平等に扱うこと」を要請する書状を提出した。
その一方、欧州企業は着々と中国でのEV生産に乗り出している。ドイツ・ダイムラーとフォルクスワーゲンは、中国企業と共同でEV生産を開始することを発表した。さらに、将来のEVの競争力を左右するのは、EVコストの3分の1程度を占めるバッテリー価格の引き下げと性能強化だ。この分野でも各国が競走しているが、製造は中国に集中する動きを見せている。