2024年4月26日(金)

ACADEMIC ANIMAL 知的探求者たち

2010年9月20日

●他の動物はいかがですか?

――アリのような女王君臨型の階級社会をもつハダカデバネズミは、鳴き声によって相手の階級を確認し合います。やはりネズミの仲間のデグーは、17種類の鳴き声を使って、挨拶や求愛、警戒、授乳といった意味を表します。ミュラーテナガザルは、明確な文法はないものの、「ワ」と「オ」の音素を並べ替えながら「ワーオーオオワオー」のように歌い、アピールや威嚇、警戒を表します。

岡ノ谷氏は、言葉が言葉であるための条件として、「言葉の4条件」を挙げる。ヒトだけが、すべての条件を満たすことができる。

●鳴き声を研究するうち、「言葉は歌から生まれた」という仮説に至ったんですね。

――言葉の起源については、はじめに意味と記号を対応させる能力が進化し、次に記号を組み合わせる能力が進化したという仮説をとる立場がほとんどです。ですが、そもそも言葉がないところからどうやって言葉ができていったのかを考えると、この考え方では難しいんじゃないか、と思った。そこで出てきたのが、まず歌があり、そこからしだいに切り分けられることで言葉ができていったという考え方です。

 私は、動物の歌の研究を通して、意味と文法はまったく独立に進化し、それらがあるとき結びついて突然言語ができた、という仮説を立てた。

 歌がありきで、そこからしだいに音が切り分けられ言葉ができていったという考え方です。様々な場面で様々な歌を歌うようになり、歌の中の共通部分と、状況の共通部分とが対応し切り出されていった。これなら、単語を作る過程と文法を作る過程とを、同時に説明することができるんです。

●言葉は歌から生まれたという考え方は面白いですね。

——このことは、昔からいろいろな人が言ってきました。ダーウィンも言っています。ただ、歌と意味が相互に切り分けられていったという説は、私たちの研究グループと、『歌うネアンデルタール』(早川書房)を書いたスティーブン・ミズンが、ほぼ同じ時期に初めて言い始めたことでした。

 ただ違うのは、歌の中に含まれている感情的な部分が特定の意味を持つようになった、というのがミズンの考え。私たちは、状況との対応に応じて歌の一部が切り出されて単語になっていった、と考えた。私たちのほうがより厳密だと思いますが、歌が切り分けられていったという意味では一緒でも、そこが違ったんです。

 現在は「言葉は歌から生まれた」というこの仮説の説明を、より細かく記述しようとしているところです。言葉が生まれた頃の原始人からはデータがとれませんから、動物たちからいろいろなデータをとって研究を続けています。歌から音を切り分けるときに脳がどのような働きをしているのか。切り分けられた音にどのようにして意味が生じたのか。脳の中でどういうことが起きているのかを解明したい。

 もう一つのアプローチとして、コンピュータを使ったシミュレーションも行っています。「マルチエージェント・シミュレーション」といいますが、エージェントとは登場人物のこと。登場人物に属性をプログラミングし、それらを相互作用させることで、何が出てくるかを調べるというものです。たくさんの登場人物を設定して、それらを相互にコミュニケーションさせてみる。

 言葉というのは一人では出てこない、社会がないと生じないものです。だからたくさんのエージェントが存在する擬似社会をコンピュータ上に作り出し、地球上で数万年かけて行われた変化を短時間で再現してみようと思っているんです。


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