2024年4月17日(水)

チャイナ・ウォッチャーの視点

2010年9月30日

今回の事件で最も得した国はどこ?

 ところで、日本による「船長」釈放後、ヨーロッパメディアは、「今回の件で最も得したのは誰かといえば、米国だ」と断じた。これは概ね軍事面でのことを指している。

 南沙諸島、西沙諸島の領有権をめぐって中国と争い、長らく、今回の東シナ海と同様の中国「漁船」の跋扈に苦しめられてきた、東南アジア諸国(ベトナム、フィリピン、マレーシアなど)のほか、韓国、台湾をも含むアジアの国々、さらにはオーストラリアにまで、「頼りになるのはアメリカだけ」と思わせたという意味だ。裏を返すと、中国が自らアジア太平洋での孤立を招いたという意味でもある。

 上に挙げた国々はいずれも米国との間に軍事的協力関係をもっているから、アメリカのアジア太平洋でのプレゼンスは心理面で支えられた格好だ。アメリカはこの心理的優位を沖縄の普天間基地移設問題の解決につなげていく考えもあろう。

 さて、再び数字をあげよう。1097億ドル、1225億ドル。これは、前者が日本の対中輸出額であり、後者は対中輸入額である。

 近年、日中関係を論じる際によくいわれるのが、「中国は日本の最大の貿易相手国」ということである。しかも対中貿易赤字は徐々に少なくなっている。

 さすがに今回、領土(領海)と主権、経済的利益を単純に天秤にかける論調は多くはなかったが、依然重い数字ではある。とはいえ、今回の件で、昨今、人件費の上昇や労働争議の問題等から浮上していた日系企業の中国離れの傾向や、日本の消費者の中の「メイド・イン・チャイナ」への抵抗感ははっきりと助長された。

日本のリスクは別のところにある

 アジアにおける心理的優位を得た中で、アメリカ議会は中国に対し、元の切り上げを強く迫る法案を繰り出してきた。すでにいくつかの中国製品に対して多額の関税をかける制裁案を発表してもいる。日本のメディアでは、「米国の中国への圧力強化を歓迎」するかのような論調があったが、これはそう単純なことではない。むしろ日本にとって非常に大きなリスクを孕んだ展開となると見るべきである。

 前述の日中間の貿易額の中の「(日本から中国への)輸出」の中には、移転のできない技術を使って日本で作った部品を中国へ輸出している分が相当含まれている。その部品が中国で組み立てられ、メイド・イン・チャイナの製品としてアメリカへ輸出されているケースも少なくない。つまり、今後、米国の中国への制裁が進むと、まわりまわって日本の一部製造業が圧迫される可能性もある。

 もちろん米国政府はこうした点も見通しながら、日本を宥めて鉾をおさめさせ、北京には日本を宥めたことで「小さな恩」を売りつつ、自国の議会の圧力を受けた恰好で、中国に通貨切り上げを迫るという構図をつくっている。

 一方、アジアでの孤立が鮮明になった中国は、近年、領土問題を話し合いで解決したロシアとの連携強化をアピールする。対日歴史認識を一致させ、それぞれ北と南西から「領土問題」で日本にゆさぶりをかけてきている。

 今、日本は、複雑の上にも複雑な国際社会の思惑の渦の中にある。この国難を乗り切るには、従前の「ことなかれ主義」に終止符を打ち、あらゆるオプションを排除せずに現実と向き合う覚悟と、他方、真に柔軟な外交戦術が必要とされる。

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◆本連載について
めまぐるしい変貌を遂げる中国。日々さまざまなニュースが飛び込んできますが、そのニュースをどう捉え、どう見ておくべきかを、新進気鋭のジャーナリスト や研究者がリアルタイムで提示します。政治・経済・軍事・社会問題・文化などあらゆる視点から、リレー形式で展開する中国時評です。
◆執筆者
富坂聰氏、石平氏、有本香氏(以上3名はジャーナリスト)
城山英巳氏(時事通信社外信部記者)、平野聡氏(東京大学准教授)

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