2024年4月26日(金)

安保激変

2018年7月17日

要因(2)米国・韓国の対北脅威認識はどのように変化しうるか?

 安全保障論において、「脅威」とは「意図」と「能力」の組み合わせと説明される。要因(1)で見たように、北朝鮮の軍事「能力」は全く低減されていないが、南北・米朝対話を機に北朝鮮がこれまでの態度を改め、もはや我々を脅かす「意図」がなくなったと見做すのであれば、論理的には「北朝鮮は脅威ではない」という説明は成り立つ。

 しかし、「意図」は一夜にして変わりうる。そのため、安全保障の脅威分析に関わる人々は「能力」に関連する活動を「意図」に影響を与えるいわば状況証拠として定点観測し、相対的に重視する傾向にある。米国の軍・国防・情報当局は北朝鮮の各種能力向上が続いていることを理由として、非核化の意思についても懐疑的な見方を崩していない。これは日本の外務・防衛当局も同様だろう。

 ところがこうした実態に反し、トランプ大統領は米朝首脳会談における成果を喧伝するにとどまらず、実施にかかる費用や「挑発的」であることを理由に、米韓合同軍事演習の一方的な中断を決めてしまった。その後、マティス国防長官やハリス新駐韓大使も演習中断に賛同してはいるものの、これまで米韓当局は定例合同演習を「防衛的性格のもの」と説明してきたのであり、トランプ大統領の「挑発的」という説明とは明らかに矛盾している。実際、トランプ大統領による演習中断発言は、米韓国防当局への相談なく突然行われたもので、当局や補佐官らにとっても寝耳に水であった。その後もトランプ大統領は、在韓米軍については「(すぐにではないにせよ)いずれは本国に帰還させられればいい」との考えを滲ませた他、6月13日には「北朝鮮からの核の脅威はもはやない」とツイートするなどしている。このやりとりだけを見ても、トランプ大統領と各国の国防・情報当局との脅威認識には大きなズレが生じていると言わざるを得ない。

 これは韓国国内についても同様のことが言える。日本からすれば実質的な成果に乏しかった米朝首脳会談についても、韓国では北朝鮮との対話ムードの演出に奮闘した青瓦台を中心に、米国による軍事攻撃の可能性が取り沙汰された2017年と比べて、緊張は大幅に緩和されたとして好意的に受け止められている。また、6月13日に行われた統一地方選で与党・民主党が野党・保守勢力に大勝したことも重なり、高い支持率を得た文政権の政治運営基盤は盤石なものとなった。韓国でも軍や国防部内部には、北朝鮮に対する懐疑論が少なくない。しかし、韓国軍関係者からは「青瓦台の対北融和姿勢を覆すような意見は通りにくくなっているのが実情」との声が聞かれる。

 つまり現在の状況は、米韓両国の政治指導部が、国防・情報当局の慎重な姿勢を押し切る形で、北朝鮮に対する脅威認識を一方的に低下させていき、北朝鮮に対する実質的な抑止態勢が徐々に弛緩していく最中にあるというのが実情だろう。

 こうした姿勢は、米韓同盟の構造にも間接的に影響を与える可能性がある。それが韓国への戦時作戦統制権の返還問題だ。戦時作戦統制権とは、朝鮮半島有事の作戦指揮権限のことであり、1950年の朝鮮戦争時に、当時の李承晩大統領が韓国軍の能力不足を理由として、マッカーサー国連軍司令官にその指揮権を移譲した。その後1994年には、「平時」作戦統制権が韓国に返還されたものの、「戦時」作戦統制権は米韓連合軍司令官(=在韓米軍司令官)が保持し続けている。

 この問題は、自主国防を掲げた盧武鉉政権が米側に返還を要求したことから具体化し、2007年には2012年4月を返還目処とすることで一度合意がなされたが、その後韓国国内では韓国軍の指揮・対応能力が不安視されるとともに、米国の防衛コミットメントが低下することへの懸念が強まり、李明博政権で返還時期を2015年12月に延期。だがその間にも、韓国海軍哨戒艇「天安」沈没事件(2010年3月)、延坪島砲撃事件(2010年11月)などの北朝鮮の武力行使が繰り返されてきたことを背景に、2014年10月に返還時期の再延期が決定され、現在でも具体的な返還時期が決まっていない。

 韓国は戦時作戦統制権の返還条件として、(a)核心的軍事能力の確保、(b)北朝鮮の核・ミサイル脅威に対する初期必須対応能力の確保、(c)安定的な安全保障環境の醸成の3つを挙げており、そのうち(a)と(b)には明確な定義があるわけではないが、これらの能力には(1)KAMD(韓国の独自ミサイル防衛)、(2)キルチェーン(韓国版策源地攻撃能力)、(3)KMPR(通常戦力による大量報復=懲罰能力)が含まれると考えられている。


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