2024年4月25日(木)

安保激変

2018年10月24日

 相手の移動式ミサイルを標的とする場合にも似たような問題が生じる。滑走路やレーダーサイトのような固定目標と異なり、配備基地から展開してしまった移動式ミサイルを発見して効率的に撃破することは相当難しい。日本やグアムから発射する亜音速の巡航ミサイルでは、標的に到達するまでに時間がかかり過ぎ、その間にシェルターなどに退避してしまう余地がある。弾道ミサイルであれば、発射から弾着までの時間は短縮されるが、通常弾頭では移動式ミサイルを正確に攻撃できるほどの精度を出すことは難しくなる。

 そうなると、ここでも分散展開した移動式ミサイルを迅速かつ確実に撃破する方法は、低出力核攻撃ということになる。戦略軍では移動式ミサイルに対するカウンターフォース攻撃の一手法として、核弾頭を空中で起爆させ、その過圧効果により一定範囲の地表に出ている標的を一掃することを想定しているが、やはりそれは地上配備の中距離ミサイルでなくとも、低出力トライデントや核SLCM、あるいはLRSOで達成できる(*トライデントやLRSOに搭載が予定されている低出力核のイールドを5キロトンと見積もった場合、それを上空530mで起爆させた際の防護措置のとられていない攻撃目標に対する有効半径はおよそ1.2km[4.54 km²]、致死量の放射線降下物の拡散範囲は風向きに関係なく1km圏内に収まると見積もられる)。

 とりわけ、潜水艦発射型のミサイルは、カウンターフォース攻撃による強制武装解除に使用する場合、相手に探知されることなく、目標付近の海域まで接近して発射から弾着までの時間を短縮できる他、発射地点を変更したり、長期間一定の水域に留まることもできるメリットがある。これこそが、NPR2018で潜水艦を基盤とする低出力核戦力の増強が決定された理由であることを踏まえると、地上配備の中距離ミサイルに見出せる軍事的なアドバンテージはそれほど多くはない。

 中距離ミサイルの活用方法のうち、低リスクで軍事的効果が高そうなのは、陸上部隊による長射程対艦ミサイルの機動的運用であろう。森林や山岳地帯と異なり、遮蔽物やバンカーなどを作りようがない洋上であれば、それが巡航ミサイルであれ、弾道ミサイルであれ、通常弾頭でも精密攻撃を行う難易度はある程度低下する。米国がこの種の中距離ミサイルを本気で開発するつもりであれば、小型の固体燃料ロケット技術を持つ日本が技術協力を行うというオプションも視野に入ってくるかもしれない。それを元にして、現在防衛省で研究開発が進められている島嶼防衛用高速滑空弾に、米国の極超音速兵器開発で培ったノウハウを組み合わせて、戦術レベルの極超音速滑空ミサイルに発展させるのも一案である。事実、統合参謀本部と戦略軍が行なったレビューでは、中距離ミサイルの再開発過程で、その技術がブースト型滑空弾頭の開発に資する可能性を示唆している。

日本がすべきことは?

 最後に、拡大抑止との関連についてであるが、日本を含めた同盟国に米国の中距離ミサイルを配備すれば、80年代にNATO諸国がとったのと同様、米国の防衛コミットメントを確実に出来るとの考え方には一理ある。ただし、当時米国のパーシングⅡやGLCMを受け入れた西ドイツや英国などの国々は、ソ連がそれらのINFを目掛けて核攻撃を仕掛けてくるリスクを受け入れた上で、米国との政治的連帯という安心を得ることを優先した覚悟を見落とすべきではないだろう。言い換えれば、脆弱な地上配備核の前方配備を受け入れるということは、それらの戦力が相手の攻撃に晒されることで、米国の核報復を発動させる「仕掛け線(トリップワイヤー)」としての役割を果たしていたということになる。

 もっとも、米国による報復可能性を重視する抑止戦略は、相手が「米国は再反撃を恐れて、同盟国を守らないだろう」と誤算した場合には破綻してしまう。この点は、中国がDF-41を含む一定程度の非脆弱なICBM=対米第二撃能力を100基近くまで増強していること、あるいは北朝鮮が火星15のような強力な移動式ICBMの開発に成功し、自信を強めているという事実を真剣に考慮する必要があるだろう。その場合、日本の安全保障にとってより重要となるのは、報復ベースの抑止戦略のみならず、非脆弱な低出力核戦力を含めた米軍の損害限定能力が、危機時において確実に機能するよう作戦計画の共有・確認などの緊密な協議を平素から行うとともに、米軍の潜水艦や航空戦力の展開を支える対潜水艦戦・統合ミサイル防衛など、我が国自身の防衛力整備を着実に行っておくことではないだろうか。

 このようにINF問題が日本の安全保障にもたらす影響は、メリットとデメリットの双方が絡み合って極めて複雑であり、簡単に答えを出すことはできない。それは冷戦期からこの問題に向き合ってきた、米国の安全保障専門家や核戦略家の間でも同様であり、その見解も一致していない。したがって、米国の条約破棄を「トランプの暴走」という単純な構図で切り取ってしまうのは不適当である。日本としては、メリットとデメリットの両面をしっかりと認識しながら、運用の現場で国民の安全にとって総合的にプラスとなる方策を地道に形作っていく必要がある。
 

  
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