世の中で手ごわいのは、恥を知らない人と金銭欲のない人(参照:「1ドルで働く大統領の欲求とは?トランプを読み解く(1)」)。羞恥心が薄いよりも、とにかく誰の前でもずけずけとものを言うのは、トランプ氏である。知性や理性、洗練さにほぼ無縁の彼は大統領になれるのだろうか。多くの学者や有識者は冷笑しながら傍観していた。
とにかく選挙に勝つこと!トランプ氏の理想主義と現実主義
2016年春から繰り広げられた米大統領選でのトランプ氏の健闘ぶりは誰もが想像しなかった。「大衆煽動」的な手法が使われたとの批判もあるが、そもそも民主主義は大衆の理性を担保する制度ではない。トランプ氏はこれをよく理解していた。
逆説的な現象だが、億万長者のトランプ氏はなぜか労働者、特に低学歴の労働者を味方につけ、彼らの「感性的な」個益を代弁したのだった。少なくともそう見えた。外交政策や経済政策を、失業や低賃金で苦しむ底辺の貧困層・労働者に理性的に訴えても、理解されないし、彼らは理解しようともしないからだ。そもそも理性的な政策作りを得意としないトランプ氏にとっては、かえってこれが好都合だった。
トランプ氏は滅茶苦茶なことを喋りたい放題だった。そう見えても、彼は彼なりの論理性をもっていた。実現不能の政策を言ったら政治家にとって命取り。しかし、トランプ氏は一向に気にしない。いや、実現できるかどうかはやってみないと分からないのだと妙な自信を持っているようにも見えた。彼にとって公約たるものは、実現の可能性よりも目指すべき方向性がまず第一義的に捉えられていたかもしれない。
言ってみれば、現実主義者であるはずの企業家トランプ氏は選挙にあたっては理想主義的な狂人(そう見える)に変身してしまったのだった。ところが、一時的な人気で選挙に勝ったとしても、国家統治はできないだろう。そういわれても、選挙に勝たなければ、国家統治の資格すら得られない。とにかく選挙に勝つことだ。この辺にくると、トランプ氏の実務的な思考回路が見え隠れする。
つまり、理想主義を唱える現実主義者である。
シープル大衆国民のB層と選挙マーケティング
20世紀90年代以降、世界規模の格差拡大が進行し、その結果は、数の優位性をもつB層という「シープル大衆国民」層の増大にほかならない。彼たちの多くは国家統治における理性に興味がなく、あるいは関心をもつ余裕すらない。やがて彼たちがもつ一票に込められる非理性的な成分が増え、国家統治や世界秩序に深刻な影響を与え始めたのである。
「○層」とは、2005年、小泉内閣の進める郵政民営化政策に関する宣伝企画の立案を受注した広告会社が、政権の支持基盤として想定した概念である。なかでも、後日もっとも有名になったのは、「B層」。マスコミ報道に流されやすく「IQ」が比較的低い層を指している。さらに、「D層」というのは、「名無し層」とも呼ばれ、これも「IQ」が低く、失業や貧困などの痛みを抱えている層をいう。
特定の層を取り込むというのは立派なマーケティング手法だ。選挙も商売も同じ原理である。これはビジネスマン、トランプ氏の得意分野なのだろう。