安保激変

2019年1月17日

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村野 将 (むらの・まさし)

岡崎研究所研究員

拓殖大学大学院博士前期課程修了。現在、日本国際問題研究所「安全保障政策のボトムアップレビュー」研究委員等を兼任。その他、Pacific Forum CSIS Young Leaders Program、米国務省International Visitor Leadership Program(National Security Policy Process)招聘。専門は、米国の国防政策、核・ミサイル防衛を含む拡大抑止政策、シナリオ演習。

既に現れている2つの問題点

 既にその弊害は、次の2点に現れている。

 第一の問題点は、国家安全保障戦略と30大綱で描かれているビジョンの乖離である。2016年8月、安倍首相はケニアで開かれたアフリカ開発会議(TICAD)において「自由で開かれたインド太平洋」という戦略/構想を打ち出し、以後米国や豪州、インドなどの地域民主主義諸国をこの流れに引き込もうと積極的なアプローチを展開している。この「自由で開かれたインド太平洋(戦略/構想)」は、現在日本が目指す外交・安全保障政策上のビジョンと銘打つに相応しいものだろう。

 ところが、現行の国家安全保障戦略には「インド太平洋」という文言が一つも見当たらない。もっとも30大綱では、「自由で開かれたインド太平洋(戦略/構想)」との連関を意識して書かれている箇所が複数存在するため、大綱を単独の文書として読む分には、一定の整合性は取れている。しかし元をたどれば、2013年に国家安全保障戦略が策定されたのは、従来防衛大綱が安全保障政策のビジョンを描く役割を担ってきた形式を改める狙いがあったことを踏まえると、今回の戦略策定プロセスは2013年に整理した階層的な文書体系を、以前のスタイルに逆戻りさせてしまったように見える。

 第二の問題点は、日本を取り巻く安全保障環境の潮流と、ビジョンである「自由で開かれたインド太平洋(戦略/構想)」、それらを支える防衛力整備の方向性をどのような形で融合させるかという視点が、曖昧にされたままになってしまったということだ。より端的に言えば、30大綱は中国の軍拡に厳しい評価をしているにもかかわらず、中国との「競争」を日本自身がどのように捉え、その「競争」にいかにして打ち勝つかという視点が必ずしも一貫していない。

 対照的な例として米国の戦略文書を見てみると、2017年12月の「国家安全保障戦略(NSS2017)」では「大国間競争」、2018年1月の「国家防衛戦略(NDS2018)」では「長期の戦略的競争」という表現を用いて、米中関係が「競争」関係にあることを明確にしており、特にNSS2017では「中国はインド太平洋において米国に取って代わろうとしている」「インド太平洋では世界秩序をめぐって自由と抑圧の地政学的競争が生じている」との記述も見受けられる。

 また、米国の戦略文書で言及されている「競争」には、いずれも「競争戦略(competitive strategy)」の要素が含まれているという点も指摘しておかなければならない。競争戦略とは、軍事・技術・経済といった様々な分野・領域の中から自陣営が優位に立てる分野・領域を特定してそれを維持しつつ、相手には不利な分野での競争を強いてコストを賦課すること(cost-imposing)により徐々にリソースを浪費させ、中長期的な競争に打ち勝つことを目的とする概念である。

 この「競争戦略」や「コスト賦課」という概念が、実際の防衛戦略の中にどのように反映されているかを意識しておかないと、たとえ中国の軍拡に対して厳しい評価を下し、各分野で防衛力の強化を行うにしても、そのポートフォリオの方向性が適切かどうかを判断する軸がブレてしまう。そのため、筆者は「Ⅱ 我が国を取り巻く安全保障環境」の項目において、中国との関係がどのように記述されるかに注目していた。

中国の存在感、国家間競争、米国の役割に変化

 実際の記述は以下の通りである。ここでは2013年からの情勢認識の変化を明確にするため、25大綱と30大綱の当該箇所を並べて抜粋してみた。

旧(25大綱)
グローバルな安全保障環境においては、国家間の相互依存関係が一層拡大・深化し、一国・一地域で生じた混乱や安全保障上の問題が、直ちに国際社会全体が直面する安全保障上の課題や不安定要因に拡大するリスクが増大している。また、中国、インド等の更なる発展及び米国の影響力の相対的な変化に伴うパワーバランスの変化により、国際社会の多極化が進行しているものの、米国は、依然として世界最大の国力を有しており、世界の平和と安定のための役割を引き続き果たしていくと考えられる。(下線部筆者)
新(30大綱)
国際社会においては、国家間の相互依存関係が一層拡大・深化する一方、中国等の更なる国力の伸長等によるパワーバランスの変化が加速化・複雑化し、既存の秩序をめぐる不確実性が増している。こうした中、自らに有利な国際秩序・地域秩序の形成や影響力の拡大を目指した、政治・経済・軍事にわたる国家間の競争が顕在化している。(下線部筆者)

 2つの大綱を比較してみると、どちらも似たような単語が使われているものの、パラグラフ全体が意味するところはかなり変化している。この変化は、続く「Ⅱ-2各国の動向」にある米国に関する記述と合わせて読むと興味深い。

米国は、依然として世界最大の総合的な国力を有しているが、あらゆる分野における国家間の競争が顕在化する中で、世界的・地域的な秩序の修正を試みる中国やロシアとの戦略的競争が特に重要な課題であるとの認識を示している。

 以上の記述からは、情勢認識の変更点として、(1)パワーバランスの変化要因として中国の存在がより大きくなったこと、(2)秩序形成をめぐり様々な領域で国家間競争が存在していること、(3)米国が「世界の平和と安定のための役割を引き続き果たしていく」ことを自明視しなくなっていることが読み取れる。

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