安保激変

2019年1月17日

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村野 将 (むらの・まさし)

岡崎研究所研究員

拓殖大学大学院博士前期課程修了。現在、日本国際問題研究所「安全保障政策のボトムアップレビュー」研究委員等を兼任。その他、Pacific Forum CSIS Young Leaders Program、米国務省International Visitor Leadership Program(National Security Policy Process)招聘。専門は、米国の国防政策、核・ミサイル防衛を含む拡大抑止政策、シナリオ演習。

「主体的・自主的」な努力の強調

 「Ⅲ 我が国の防衛の基本方針」では、安全保障環境認識が自衛隊の体制整備の方向性とどのように結びつくのかという論理が示されている。そのうち、「Ⅲ-1(2)防衛力の意義・必要性」という項目は特に重要なので、以下に当該箇所を抜粋した。

防衛力は、我が国の安全保障を確保するための最終的な担保であり、我が国に脅威が及ぶことを抑止するとともに、脅威が及ぶ場合にはこれを排除し、独立国家として国民の生命・身体・財産と我が国の領土・領海・領空を主体的・自主的な努力により守り抜くという、我が国の意思と能力を表すものである。

同時に、防衛力は、平時から有事までのあらゆる段階で、日米同盟における我が国自身の役割を主体的に果たすために不可欠のものであり、我が国の安全保障を確保するために防衛力を強化することは、日米同盟を強化することにほかならない。また、防衛力は、諸外国との安全保障協力における我が国の取組を推進するためにも不可欠のものである。

このように、防衛力は、これまでに直面したことのない安全保障環境の現実の下で、我が国が独立国家として存立を全うするための最も重要な力であり、主体的・自主的に強化していかなければならない。(下線部筆者)

 ここでは、日本の「主体的・自主的」な努力・強化という記述が目を引く。25大綱では「主体的」という表現が、防衛力整備と多国間協力促進の文脈でそれぞれ1回用いられていたが、30大綱では「主体的・自主的」という表現がセットで計5回(*「主体的」は計8回)繰り返されている。この背景に、「公平な負担」を求めるトランプ政権の同盟観が意識されているのは間違いない。実際、米国のNSS2017では、米国が強さを通じて敵対者の抑止・打倒を追求するのと同じように「同盟国にも、近代化、必要な能力の取得、即応性の改善、戦力規模の拡大、勝利への政治的意思の確認を必要とする」と述べられている。

 だが誤解してはならないのは、ここで示されている「主体的・自主的」な努力の方向性は、米国との「決別」を意味するわけではないということだ。それは上記抜粋にある、日米同盟に関する記述との前後関係を見ても明らかである。すなわち、日本が「主体的・自主的」な努力をすることは、米国の防衛コミットメントが信用できないから、日米同盟を解消していわゆる「自主防衛」路線に舵を切るということを意味するのではなく、自らの防衛力を強化して役割を拡大することが、日米同盟の抑止力及び対処力を相乗的に強化するという論理なのである。

 このような論理に対しては、「日本はトランプ政権によって、不要な負担・役割を押し付けられた」という批判があるかもしれない。しかし、冒頭の「Ⅱ 我が国を取り巻く安全保障環境」で示された情勢認識を合わせて考えれば、そうした批判は説得力を持たない。上記の記述がトランプ政権の同盟観を反映している側面はあるにせよ、直面している安全保障環境の厳しさに応じて、日本が「主体的・自主的」に役割・任務・能力を強化していくことは当然と言えるからだ。

 寧ろ議論すべきポイントは、「主体的・自主的」な努力を行うにあたって、限りある予算を「競争戦略」や「コスト賦課」の観点から効率的に配分することができているかという点だろう。

*後編へ続く(1月18日公開予定)


  
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