復活のキーワード

2011年10月17日

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磯山友幸 (いそやま・ともゆき)

経済ジャーナリスト

1962年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。87年日本経済新聞社に入社し、東京証券部、フランクフルト支局長、「日経ビジネス」副編集長などを務める。11年からフリーに。熊本学園大学招聘教授。近著に『国際会計基準戦争 完結編』(日経BP社)。

1990年代、英国の製造業はEUの拡大・統合、ポンド高で「海外移転」が進んだ。
そんな中で打ち出されたのが、「クリエイティブ産業の育成」だ。
かつての英国と同じ問題に直面する日本でも、独自の「クール」さと、
「価値の高い円」をウリにして世界の才能を取り込めば、新しいモノづくりが産まれる。

 ひと昔前、英国料理と言えばマズイものの代名詞で、ロンドンの外食事情は欧州諸国の中でも最低レベルに近かった。今でもそんなイメージを引きずる日本人が少なくない。だが最近のロンドンのレストランは、世界の一線級が揃い、パリやローマなど他の大都市と比べても引けを取らない。

 そんな食のレベルの劇的な改善が、国の政策の結果だと言ったら驚かれるだろう。前回はこのコラムで「国家のビジョン」をキーワードに取り上げた。実は、1990年代から英国が掲げたビジョンの一つが「クリエイティブ産業の育成」だった。その副次的効果が、誰もが分かる“味の変化”として現れたのだから面白い。

 英国が定義するクリエイティブ産業は、工業製品や家具などのデザイン、ファッション、建築、映画、音楽、舞台芸術、広告など。創造性を必要とする産業を広く網羅する。統計などには含まないようだが、料理も当然、創造性の必要な産業だと捉えられている。クリエイティブ産業の育成という政府の方針の波及効果は、レストランや外食産業にも及んだわけだ。

 クリエイティブ産業の育成策として、英国政府は、デザイナーなどクリエイティブ産業を担う人材が集まる「場」をロンドンに作ることを奨励した。ロンドンの古いレンガ造りの倉庫を改造してデザイン会社などを積極的に誘致したのだ。こうした取り組みが、欧州全域から創造性に富んだクリエイターたちを集めることにつながった。

 クリエイターたちは当然ながら味にもうるさい。多様な人びとが集まってくることで、食の世界にも新たな多様性をもたらすことになり、料理の味が劇的に改善したわけだ。

英国政府が打ち出した打開策

 産業革命発祥の地である英国は、世界のモノづくり大国として発展してきた。ところが、第二次世界大戦後はドイツや日本などの新興工業国の台頭に押され、製造業は苦境に立たされた。90年以降になると、EU(欧州連合)の統合・拡大や、英国の通貨であるポンド高がそれに追い討ちをかけ、英国の工場がポーランドなど東欧諸国に流出する例が相次いだ。

 そんな中、ジョン・メージャー首相の時代に英国政府が打ち出したのが「クリエイティブ産業の育成」方針だった。旧来型のモノづくりでは労働力の安い東欧や中国などにかなわない。より大きな付加価値を生み出す新しいモノづくりが必要だと考えたのだ。

 毎年9月になると、ロンドンの街中はカラフルなデザインに彩られる。「ロンドン・デザイン・フェスティバル」。美術展や200を超す様々なイベントが市内各所で催される。2003年に始まったこのイベントは、今ではロンドンが欧州のクリエイティブ産業の中心地であることを強くアピールする主要行事になっている。

 クリエイティブ産業は、人と人のネットワークが命でもある。多様な人たちが欧州全域から集まることで、さらに多くのクリエイターたちを引き付けた。自動車メーカーがデザインセンターを置いたり、ミラノのファッション・メーカーがスタジオを開くなど、相乗効果が実を結んでいった。

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