2024年4月26日(金)

Wedge REPORT

2021年5月21日

 日本に住むベトナム人の数は2020年に4万人近く増加し、昨年末時点で44万8053人を数えるまでになった。その数は韓国人を抜き、外国籍として77万8112人の中国人に次いで多い。新型コロナウイルスの感染拡大で在日外国人が減少した昨年、国籍別の上位10カ国で唯一増加したのもベトナム人である。

 過去10年間では、在日ベトナム人は10倍以上に増えている。出稼ぎのため、実習生や留学生として来日するベトナム人が急増したからだ。しかし、長く続いた日本への“出稼ぎブーム”にも、最近になって変化の兆しが見える。コロナ禍によって実習生らの新規入国が止まっている一方で、日本から去っていくベトナム人が相次いでいるのだ。

 在日ベトナム人のうち、半数近い20万8879人は技能実習生だ。実習生は人手不足の中小企業や農家にとって欠かせない労働力だが、ベトナム人は約38万人の実習生の半数以上に上る。そんなベトナム人実習生にも、母国への帰国希望者が少なくない。関東地方の監理団体で、主に建設業界へ実習生を派遣する仕事をしているベトナム人のジャンさん(20代)が言う。

イメージ写真(NgKhanhVuKhoa/gettyimages)

帰国便が増えたら、待機中の実習生が殺到する

 「うちの団体では、3年間の就労を終え、ベトナムへの帰国を待機している実習生が50人以上いるんです。彼らには今、帰国の手段がない。ベトナムへの定期便は飛んでおらず、時々運行していたチャーター便も(東京などで)4月末に緊急事態宣言が出てからは欠航が増えている。帰国便が増えたら、待機中の実習生が殺到すると思いますよ」

 実習生たちは、希望すれば最長5年にわたり日本で働ける。3年働いた実習生であればもう2年、「特定技能」という在留資格に切り替えれば5年の就労が可能だ。

 とりわけ特定技能の場合、実習生より待遇が改善する。実習生は最低賃金で雇用されるが、特定技能になると、同じ職場で働く「日本人と同等以上」の賃金が得られる。しかも実習生として3年間の就労経験があれば、資格は試験なしで取得できる。ジャンさんが続ける。

 「確かに、特定技能になれば給料は大きく上がる。建設業界は特に賃金が高いので、残業代を含めて月30万円くらい稼ぐようなベトナム人もいます」

 「30万円」といえば、ベトナムの労働者の月収の10倍にも相当する。にもかかわらず、なぜ彼らは帰国を希望するのか。

 「実習生は斡旋業者に支払う手数料で、100万円近い借金を背負って来日します。だけど日本で3年働けば、借金は返済でき、ある程度の貯金もできている。だから『もう日本は十分』と考えるのです。

 実習生の暮らしは仕事に追われ、楽しみが少ない。20代や30代の若者にとってはつらい生活です。とりわけ建設関係は仕事が厳しいですからね」

 筆者は3年前、ベトナムの首都ハノイで、日本へ実習生を送り出している業者を取材したことがある。その際、業者の日本語クラスで来日前の研修を受けているベトナム人たちに「日本で何年間働きたいか」という質問を投げかけてみた。結果は「3年」もしくは「5年」が大半で、「10年以上」と答えたベトナム人は約20人のクラスで1人だけだった。実習生たちは短期の出稼ぎ感覚で日本へ渡っていくのである。

 しかも日本での仕事は、彼らが想像していた以上に大変だ。新興国ならではの、貧しくてものんびりとした環境で生まれ育った若者には、忙しく時間に追われる日本の暮らしは戸惑いも多い。そこにコロナ禍が追い打ちをかけ、ベトナムへの帰国を望む者が増えている。ジャンさんは言う。

 「コロナはベトナム人が日本を離れるきっかけかもしれませんが、根本的な理由は他にあります。実習生に限らず、お金に余裕のある人ほどベトナムに帰りたがっている。僕自身もコロナが落ち着いたら、ベトナムへ戻ろうと考えています」

 東京都内のIT系ベンチャー企業で働いていたグエン君(20代)は、今年4月に会社を辞めてベトナムに帰国した。2週間に及ぶ帰国後の隔離費用を含め、28万円ものチャーター便チケットを購入してのことだ。出発前、グエン君はこう話していた。

 「チケット代は高いし、隔離期間中はホテルから出られません。でも、できるだけ早くベトナムへ帰りたい」

 グエン君は2017年、日本語学校の留学生として来日した。日本語学校に留学するベトナム人には、勉強よりも出稼ぎを目的に、多額の借金を背負い来日する者が多い。留学生に「週28時間以内」でアルバイトが認められることに着目し、留学を出稼ぎに利用するのである。だが、グエン君に限っては違った。ベトナムの一流理系大学を卒業後、「外国に留学してみたい」と考え、日本へやってきた。

 ベトナムで最も成績優秀な学生たちは、米国や欧州諸国へ留学する、欧米企業などの奨学金を得てのことだ。政府幹部の子弟であれば、国費で海外へ出ていくこともよくある。グエン君には、奨学金が得られるほどの学力や家族のコネはなかった。それでも、日本にいるベトナム人留学生としてはかなり優秀な部類に入る。留学費用も、首都ハノイでイベント会社を営むち父親が出してくれた。借金もせず、親が費用を負担してくれるケースは、ベトナム人留学生には多くない。


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