2024年5月10日(金)

21世紀の安全保障論

2022年11月29日

 この「軍事目標」の定義は不明であり、軍と民間が共用している空港、港湾、道路、倉庫、工場、発電所などの施設が「軍事目標」に当てはまるのかは不透明だ。例えば、2022年10月8日に(おそらくウクライナによって)破壊されたクリミア大橋は、クリミア半島とロシア本土を繋ぐ唯一の橋梁であり軍と民間が共用しているが、その破壊によってロシア軍は大きな影響を受けたと思われる。クリミア大橋のように軍の戦闘行動を下支えする兵站関連の施設には軍と民間が共用しているケースが多いが、そこを反撃の目標とするか否かは反撃の効果を大きく左右する。

 また、自民、公明両党の協議では、反撃能力に関して専守防衛の方針とも整合性をとるために「必要最小限」の措置とする案が検討されているとの報道もある。この「必要最小限」の定義も不明であるが、相手国に対して「日本を攻撃しても、反撃を受けて日本に対する攻撃の目的を達成できない」と思わせる効果を発揮できるレベルを「必要最小限」の反撃能力とするのであれば問題はない。しかし、この「必要最小限」との制約によって所望の効果を得られないのであれば、反撃能力を保有する意味が無くなる。

「ソフト」の構築を

 反撃能力が抑止力となるためには、実際に反撃能力を行使する場合に所望の効果を得られる態勢が不可欠だ。そのためには、既に述べたような制約を踏まえた上で「ハード」を使いこなすための「ソフト」の構築が重要になる。

 ここで言う「ソフト」とは、反撃に際して、➀どのような効果を求めて、②どの目標に対して、③どのタイプのミサイルを、④どのタイミングで、⑤何発発射し、⑥如何にして反撃の効果を判定し、⑦国内外に対して反撃について如何に説明するかを的確に決定できる能力を意味している。この「ソフト」を構築できなければ、反撃しても相手国にダメージを与えることができずに日本に対する攻撃が続いたり、相手国に過大なダメージを与えて過剰反応を招き、事態がエスカレートしたり、反撃が国内外から理解されずに日本政府に対する支持や支援が低下したりする。

 相手国に対する反撃能力の保有は戦後の日本として初めてであり、この「ソフト」の構築は容易ではない。まず、この「ソフト」構築のためには、軍事のみならずさまざまな分野の専門家がチームを組み、平素から知見を結集し、訓練を重ねる必要がある。

 訓練では、日本に対して攻撃を加える可能性がある国々を想定し、攻撃に至るさまざまなシナリオならびに攻撃の様相を設定し、前述の➀~⑦を案出する。この際、反撃の要領を決定するための出発点となる➀においては、「反撃を受けて日本に対する攻撃の目的を達成できない」と思わせる効果が相手国によって異なるため、この視点で相手国を研究する専門家の参加が不可欠となる。

 反撃に関する最終的な決断を下す、言い換えれば「ソフト」の要となるのは首相である。反撃に関する最終的な決断は、極めて緊張した状況と限られた時間の中で、専門家チームの助言に基づき、首相自身が行わねばならない。適切な決断のためには、訓練を通じて首相自身の能力を高める必要があることは言うまでもない。


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