この熱き人々

2014年1月20日

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吉永みち子 (よしながみちこ)

1950年、埼玉県生まれ。85年、『気がつけば騎手の女房』で大宅壮一ノンフィクション大賞を受賞。著書に『母と娘の40年戦争』(集英社文庫)、『怖いもの知らずの女たち』(山と溪谷社)、『試練は女のダイヤモンド』(ウェッジ)などがある。

ジャズ界の巨匠も認める圧倒的な才能。情熱の迸るステージは世界中のファンの心をつかむ。20代を全力で駆け抜け、デビューから10年。客席と細胞で響き合う一期一会のライブにすべてをかけ、さらなる高みへのステップを駆け上がる。

旅するピアニスト

 ニューヨーク、グリニッジ・ヴィレッジにあるジャズの殿堂ブルーノート・ニューヨークで9年間続けて6日間連続12公演がソールドアウトする人気と力量。2011年、スタンリー・クラーク・バンドと共演したアルバムが、アメリカ音楽界最高の栄誉グラミー賞の最優秀コンテンポラリー・ジャズ・アルバムを獲得した実績。並べると、大物……重鎮……という連想が働いてしまう。確かに、今や世界中から招聘されるピアニストでもある。が、上原ひろみはまだ34歳。ベルギー、ドイツなどヨーロッパへの2カ月以上のツアーに向かうまでの束の間の時間を日本で過ごしていた。

 スニーカーを履き、目にも止まらぬ速さで、時に激しく時に細やかに指が鍵盤の上を走り、88鍵すべてを使いきるように全身がピアノの前で躍動する。エネルギッシュでダイナミックなコンサートでの印象と、目の前に現れた小柄でキュートな上原ひろみの姿は、まるで別人のように感じられる。

 「世界各地でのコンサートが年間100回から150回で、1年の半分以上は世界中を回っています。ほとんどホテル暮らしです。残りはニューヨークと日本が半々くらい。今では日本もニューヨークもどっちも『帰る』という感じですね」

 そんな話を聞くと、再びイメージが世界規模に拡大される。子どもの頃、日記の代わりに日々の出来事やその時々の思いを、言葉ではなく音で綴っていたという上原は、写真撮影の合い間にもピアノの鍵盤の上に手を置くと、即興の曲が流れ出す。音が心の中で波打ち、指からあふれ出しているかのような印象を受ける。

 「この間、歯医者に行ったら、削ったり磨いたりする2種類の器械があって、1つは音程が定まらなくて気持ちが悪かったけど、もう1つは音が定まっていて、それがエアコンの音とハモっていて心地よかったんです。で、この器械はいい音ですねえと思わず言ってしまったら、歯医者さんに面白がられました」

 ただ痛そうという連想で不快としか感じられない音が、このように認識されるものなのかと知って、上原の中で音がどのように捉えられているのかちょっとだけ想像できたような気がした。歯科医院の器械の音を楽しむ遊び心と「おかしいね」と笑い合える穏やかな会話は、上原がもっとも安らげる場所という故郷の浜松での話だという。

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