オトナの教養 週末の一冊

2014年12月27日

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村中璃子 (むらなか・りこ)

医師・ジャーナリスト

医師・ジャーナリスト。東京都出身。一橋大学社会学部・大学院卒、社会学修士。その後、北海道大学医学部卒。WHO(世界保健機関)の新興・再興感染症対策チーム等を経て、医療・科学ものを中心に執筆中。京都大学大学院医学研究科非常勤講師も務める。

 「STAP細胞はあります」と涙で訴えた小保方晴子氏の論文が『ネイチャー』誌から撤回され、上司で研究者の笹井芳樹氏が自殺を図った2014年。

 研究の現場で捏造がいとも簡単に行われることや、一流科学誌がそれと気づかずあっさりと論文を受理してしまうことが驚きでした。

カンメラーはインチキ科学者なのか?

 しかし、そんな科学スキャンダル、格別に新しいことでもなさそうです。

(画像:iStock)

 1926年の晩秋、オーストリアの学者パウル・カンメラーは、森の中でピストル自殺を図りました。カンメラーは、水温を上げて飼うと陸上で交接するカエルが水中で交接するようになり、3世代経つと雄の前足の指に黒い婚姻瘤(水中でメスにしがみつくための突起)が出現するという「サンバガエルの研究」で有名な生物学者。

 形質遺伝(環境から得た性質が代々受け継がれること)を立証したということで注目を浴びて社交界にもデビュー。世界中を講演して回っていましたが、自死のきっかけとなったのは、カンメラーの不在時に実験に使ったカエルの標本を検証して別の研究者が『ネイチャー』誌に発表した、「カンメラーの実験には再現性がなく、婚姻瘤はただ墨を注入していただけ」とする論文でした。 

 疑義への抗弁を思わせるカンメラーの謎めいた遺書は、『ネイチャー』と並ぶ一流誌『サイエンス』に掲載されるという異例の待遇を受け、世間は2度沸きましたが、結局、カンメラーが本当に捏造したかどうかは迷宮入り。その理由は後でタネ明かしします。

 カンメラーは音楽家から生物学者に転向した異色の人。そして、彼の愛した女は、ウイーン世紀末を代表する作曲家グスタフ・マーラーの未亡人アルマ・マーラーだったというドラマまであります。

 それにしても、人間というのはこれほどまでに時を越えて変わらない、多様なベクトルの欲望に満たされた生き物なのでしょうか。科学的探究心は名声や愛憎、焦りや絶望と隣り合わせ。目的のためには、ねつ造も不意打ちも不倫も辞さない。そして、そこにまつわる人の死すらもが、ゴシップとして消費されていく。

 「墨を注入しただけ」というカンメラーへの批判は「ES細胞を混ぜただけ」とされるSTAP細胞とそっくりだし、カンメラーの愛人アルマはカンメラーの助手もつとめ、公私を共にする親密な関係にあったといいます。

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