しかし、実際には春化処理で生産性が上がることがなく、その事実は隠ぺいされ、遺伝学は「ブルジョアの偽科学」であるとして、多くの遺伝学者が銃殺されたり強制収容所へ送られたりしました。遺伝子研究は、長年、科学ではなく思想の問題であり、源流をたどればダーウィンの進化論や優生学にたどりつくということがはっきり理解されます。
今年、日本でも、唾液を郵送するだけで体質や病気のリスクなどがわかるという個人向けの遺伝子検査(DTC遺伝子検査)サービスが本格化し、話題になりました。遺伝性がはっきりした病気は取り扱わないなど、実際には分かることの非常に少ないこのサービスは、「占い程度」と揶揄されることもあります。(『遺伝子検査は「疫学」か「易学」か』参照)
それでも利用者に共通しているのは、「自分を科学的に知りたい」という遺伝子への期待感。「遺伝子だけは知っている」という絶対的な信頼感。遺伝子研究の歴史が社会思想の歴史であったことを知れば、なりたい自分とのギャップに悩み、自分の知らない自分を知りたいという現代人の欲求にもマッチして、遺伝子検査が民間ビジネスとして成立する事情もうなずけます。
エピジェネティクスとは何を研究する学問か
最後に、誤解を防ぐため申し添えたいのは、エピジェネティクスは「努力なのか、遺伝子なのか」という悩める現代人の二分法を研究する学問ではないことです。
では、エピジェネティクスとは何を研究する学問なのでしょう。
遺伝に影響を与える環境や努力以外の要素とは?
著者は「私は瞳の色が異なる一卵性双生児にも何度かあったことがある」といいます。もちろん、努力や環境で瞳の色が変わることはありません。同じ遺伝子を持った双子が全然違う能力や嗜好をもつのは、環境や努力のせいだという人もいるけれど、そんなことはないとも筆者は言います。
遺伝子が同じ双子が違う理由について、筆者がきちんと答えを提示できているかどうかは少々怪しいところがありますが、異なる瞳の色までもつことがあるという遺伝子のメカニズムについては、どうぞ本書を手に取って確認してください。
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