「意識の低い環境先進国」になろう

農業と環境の微妙な関係を考えよう(3)久松達央×丸山康司(全5回)


柳瀬 徹 (やなせ・とおる)  フリーランス編集者、ライター

1972年伊豆大島生まれ。企画・編集をした本に飯田泰之・雨宮処凛『脱貧困の経済学』、五野井郁夫『「デモ」とは何か―変貌する直接民主主義』、若田部昌澄『もうダマされないための経済学講義』、五十嵐泰正・他『みんなで決めた「安心」のかたち―ポスト3.11の「地産地消」をさがした柏の一年』、片岡剛士『アベノミクスのゆくえ』など。

対談

(画像:iStock)

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「放射能は基準値以内でいいのかよ」

丸山:久松さんとの付き合いはそれなりに長いんだけど、野菜を頼むようになったのは震災後からなんですよね。

久松:頼むも何も、注文のメールが「野菜ください。放射能入りの」だったじゃないですか(笑)。

丸山:「放射能入り野菜セットのご注文をありがとうございます」って返信を見て、ああ、元気なんだなって安心した(笑)。

久松:困っているだろうと思ってくれたんですよね。実際に茨城県の農業は大打撃を受けて、ウチも個人購入者がどんどん離れていって困っていたし、不安でしたね。

 うちの女房は僕のすることにほとんど関心を示さないんですけど、震災直後はすごく怒っていました。一山超えた八郷町は有機農業のメッカなんですけど、震災後に離れてしまった農家もたくさんいたんですよ。「みんなの食料を守るんだ」と高邁な思想を語っていた人たちから抜けていった。八郷町に残った友だちの農家は何も言わないけど、戻ってくる人はぬけぬけと戻ってくる。共同体から逃げるなって言いたいわけじゃなくて、なんでそこで戦わないのかということなんですよ。お客さんに対する責任とか、そういう無責任さが商売としての弱さにつながっている気がしてならないんです。

 新聞が宅配というシステムに守られているように、有機農家もシステムに守られていて、その人たちが時の試練に耐えかねて淘汰されていくことを、僕はむしろポジティブにとらえています。やっぱり本物しか残らない。自分だってこの先はまったくわからないしね。後から50~60年のタームで振り返ると、90年代の有機農業ブームはあだ花だったんじゃないかと思いますよ。

久松達央さん(左)、丸山康司さん(右)

丸山:震災直後にお客さんの動向を、一緒にアンケート調査しましたよね。有機ブームで入ってきたお客さんたちが抜けていって、コアのサポーターは残っていたことがわかりましたね。

久松:だから、本当に大事にしているものは伝わっているんですよね。

丸山:そう思いますよ。

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「対談」

著者

柳瀬 徹(やなせ・とおる)

フリーランス編集者、ライター

1972年伊豆大島生まれ。企画・編集をした本に飯田泰之・雨宮処凛『脱貧困の経済学』、五野井郁夫『「デモ」とは何か―変貌する直接民主主義』、若田部昌澄『もうダマされないための経済学講義』、五十嵐泰正・他『みんなで決めた「安心」のかたち―ポスト3.11の「地産地消」をさがした柏の一年』、片岡剛士『アベノミクスのゆくえ』など。

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