中国は山本五十六の苦悩を知っているか?

アクセス阻止としての真珠湾攻撃とその教訓


小谷哲男 (こたに・てつお)  日本国際問題研究所 主任研究員

1973年生まれ。同志社大学大学院法学研究科博士課程満期退学。ヴァンダービルト大学日米関係協力センター客員研究員、岡崎研究所特別研究員等を歴任。専門は日米同盟と海洋安全保障。法政大学非常勤講師及び平和・安全保障研究所・安全保障研究所研究委員を兼務。中公新書より海洋安全保障に関する処女作を出版準備中。

安保激変

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真珠湾攻撃から74年が過ぎた。筆者は、2年前の12月7日にパールハーバーで開かれた真珠湾攻撃記念式典に出席する機会に恵まれた。第二次世界大戦中のプロペラ機の上空飛行、軍艦の閲覧航行が行われたのに続き、日本人僧侶が「平和の祈り」を捧げるなど、かつての敵意を感じさせることなく厳かな雰囲気の中で式は進んでいった。式典を通じて、「PHS(Pearl Harbor Survivors:真珠湾攻撃の生存者)」への賞賛、犠牲者への哀悼、そして日米の和解が強調されていると感じた。

パールハーバーのアリゾナ記念館(iStock)

 日本による「だまし討ち」が批判されることもなかった。式典で海軍を代表して演説をした日系のハリー・ハリス米太平洋艦隊司令官(現・米太平洋軍司令官)は、父が真珠湾攻撃の生存者で、母の神戸の実家が米軍の空襲に焼かれたという複雑な事情を語るとともに、真珠湾を忘れず、いつでも警戒を怠らず、戦えば勝つという強いメッセージを送った。ハリス司令官の念頭にあったのは、日本との過去の戦争ではなく、中国との将来の対立だったはずだ。

接近阻止(A2)、敵を殲滅(AD)

 近年、米軍は中国のアクセス(接近)阻止・領域拒否(A2/AD)戦略に警戒を高めている。A2とはある場所に敵が接近することを阻止することで、ADとはある場所にいる敵を殲滅することだ。中国は主に潜水艦と精密誘導ミサイル、そしてサイバー攻撃と衛星攻撃によって、沖縄や東シナ海・南シナ海にいる米軍の排除を目指すとともに、グアムやハワイ、アメリカ本土からやってくる米軍の来援部隊の接近を西太平洋上で阻止しようとしている。

 その背景には、アヘン戦争以来中国が海から列強の侵略を受けてきた「屈辱」を繰り返さないという決意がある。より直接的には、1996年の台湾海峡危機で米国が空母2隻を派遣し、手も足も出なかったことをきっかけに、中国はA2/ADに本格的に力を入れ始めた。なお、中国ではA2/ADではなく「介入阻止」戦略と呼ばれる。

 米軍はこの中国のA2/ADに対抗するため、エアシーバトル(ASB)という海空戦力のより効率的な一体化を目指す作戦概念の検討を始めた。その後、ASBは陸上戦力の役割が不明確と批判されたため、「グローバルコモンズへのアクセスおよび運用のための統合概念(Joint Concept for Access and Maneuver in the Global Commons(JAM-GC))」へと変更された。このJAM-GCの下で、米軍は陸海空という従来の戦闘空間に加え、サイバー・宇宙空間における行動の自由を確保し、A2/ADを克服することを目指している。

A2/ADだった第3次「帝国国防方針」

 米軍がA2/ADの挑戦に直面するのはこれが初めてではない。アジア太平洋戦争で日本が取った要撃作戦は、まさに今でいうA2/ADだった。1936年に改定された第3次「帝国国防方針」は、日本が対米開戦に踏み切ったときに作戦計画の元となった。その中では、「東洋に在る敵を撃滅しその活動の根拠を覆し、かつ本国方面より来航する敵艦隊の主力を撃滅すること」が初期の目的となっていた。具体的には、海軍は作戦当初東アジアにいる敵艦隊を排除し、陸軍と協力してフィリピンとグアムを攻略することが想定されていた。日本に接近してくるアメリカの主力艦隊に対しては、潜水艦と南太平洋の南洋群島に展開する航空機で奇襲攻撃を繰り返して、消耗しきった敵艦隊を日本近海で迎撃するとされた、先制と奇襲を前提とする短期決戦の発想で、ADの後にA2が想定されていた。

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「安保激変」

著者

小谷哲男(こたに・てつお)

日本国際問題研究所 主任研究員

1973年生まれ。同志社大学大学院法学研究科博士課程満期退学。ヴァンダービルト大学日米関係協力センター客員研究員、岡崎研究所特別研究員等を歴任。専門は日米同盟と海洋安全保障。法政大学非常勤講師及び平和・安全保障研究所・安全保障研究所研究委員を兼務。中公新書より海洋安全保障に関する処女作を出版準備中。

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