いま、なぜ武士道なのか

2010年1月15日

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ひと昔前は「不惑」と呼ばれた40歳。見識や年功が蓄えられ、落着きが出てくる年頃だ。
若くして常識がありすぎるのも考えものだが、新しい道を切り拓く者は、常識に挑戦し、それに勝利しなくてはならない。それを著者・山本常朝は力み〔りきみ〕とよんだのである。つまり、四十を過ぎても、気迫というものを感じさせるような人間になることであり、特にリーダーには欠かせないものである。

四十にして惑わず

 四十二歳は厄年といわれ、神社でお祓いをする習慣がある。それは災難を避けようとする人間の知恵である。厄年などという のは迷信であると、一概に否定することはできない。日本には「四十がったり」とか「四十くらがり」などという言葉がある。これは生活体験の中からにじみ出 たものである。つまり、四十歳を超すと体力が衰えてガックリしたり、視力が弱くなることをいったものである。人生の一つの節目にあたることを指している。 これは医学的科学であり、人の考え方にも大きな変化を与えずにはおかない。

竜泰寺の咄に、上方にて易者申し候は、御出家方にても、四十より内の立身無用にて候。誤有るものにて候。四十にしてまどはずと言ふは、孔子の上ばかりにてはなし。賢愚ともに四十になれば、たけだけ相応に功の入りて惑はざるものとなり。

竜泰寺〔りゅうたいじ〕での話にこういうのがあった。『上方の易者がいうには、僧侶でも四十前に出世することはよくない。身を誤るもとになるからである。四十にして惑わずというのは孔子のことだけではない。賢者も愚者も四十になれば、それ相応の年功を積んで迷うことがなくなる』と。

 「われ十五にして学に志し、三十にして立ち、四十にして惑わず、五十にして天命を知り、六十にして耳に順〔したが〕い、七十にして心の欲するところに従えども矩〔のり〕をこえず」というのは、論語の為政篇に出てくる言葉である。

 ここから四十を不惑の年などというのである。確かにこの年齢になると人間も落ちついてくる。がさつさもとれて、一定の見識も出てくる。だから人からも信用され頼りにもされる。ところが二十代・三十代で成功すると、人からもちやほやされて自然と高慢になってしまう。つまり社会を甘くみて自分を律することができ なくなってしまうのである。身近にも若くして成功し、中途で消えていった例はあるに違いない。

 若いリーダーは、自戒しながら任務につくことがのぞまれる。

四十過ぎても力め

 『葉隠』には四十歳という年齢がたびたび出てくる。常朝がどうして四十歳にこだわったかはわからない。しかし、とにかくそれを境として考え方・行動も変わるというのである。厄年的意識があったのであろうか。たしかに四十歳というのは肉体的にも精神的にも一つの転機である。

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