前向きに読み解く経済の裏側

2016年8月15日

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塚崎公義 (つかさき きみよし)

久留米大学商学部教授

1981年、東京大学法学部卒業後、日本興業銀行(現みずほ銀行)に入行。主に調査関連部署に勤務した後、2005年に銀行を退行して久留米大学へ。著書に『増補改訂 よくわかる日本経済入門』(朝日新書)、『老後破産しないためのお金の教科書』(東洋経済新報社)、『世界でいちばんやさしくて役立つ経済の教科書』(宝島社)、『なんだ、そうなのか! 経済入門』(日本経済新聞出版社)など多数。

討論会のたびに呼ばれることにも

 ところが、バブル期のように景気が絶好調の時には、ほとんどの評論家(景気予測を仕事としているエコノミスト、市場予測を仕事としているマーケット・エコノミスト等々を含みます)が楽観論を唱えるので、ネクラな人は行き場がありません。彼等の需要を独占するのが悲観派の「止まった時計」(以下悲観時計と呼びます)なのです。反対に、リーマン・ショック時のように皆が悲観論を述べる時には、楽観派の「止まった時計」(以下楽観時計と呼びます)が固定客を独占することになります。

 彼等のメリットは、固定客が独占できることだけではありません。バブル期に景気討論会を開こうとすると、評論家が楽観派ばかりなので、討論にならないのです。そこで、悲観時計が討論会のたびに呼ばれることになり、出演料を稼いだ上に名前も有名になります。リーマン・ショック時の楽観時計も同様です。

 今一つ、メリットがあります。「止まった時計は1日2回正しい時を指す」というわけで、景気はいつかは必ず悪くなったり良くなったりします。その時に時計たちは「景気は、私が何年も前から正しく予想していた通りになりました」と勝ち誇った顔をすれば良いのです。経済初心者の中には尊敬してくれる人も出てくるでしょうし、「固定客」が「信者」になってくれるかも知れませんよ(笑)。

“時計”たちは、予測ではなくストーリーを語る

 時計たちは、景気を予想(あるいは予測)するのではなく、結論を決めておいて、そうなるようにストーリーを組み立てて語るのです。そうなると、悲観時計の方が圧倒的に楽です。「幸せな予想は一様に幸せであるが、不幸な予想はそれぞれに不幸である」ため、話の面白さが全く異なるのです。

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