山師の手帳~“いちびり”が日本を救う~

2016年9月1日

»著者プロフィール

 2016年8月4日に京都の東本願寺で念願の得度式を受けました。それ以来、いたる所で不思議な偶然の出会いが起こっております。こんな話題を藪から棒に言い出すと、「現代の山師」もとうとう焼きが回って「お迎えが近いんじゃないか」と思われるかも知りませんが、少しだけ我慢をして読んで頂きたいと存じます。

得度式に出た筆者

 得度式の次の日には昔の高校時代の同級生に街でばったり会ってみたり、見知らぬフレンチレストランでとある大阪から京都に来ていた知人と偶然に同席してみたり、お盆の後に夏季休暇を利用して東本願寺ハワイ別院にお参りしたら開教使の僧侶と共通の友人の話題で盛り上がったり、ワイキキの街で2年前にハワイで知り合った知人に声をかけられたり、同じホテルで仕事の関係者とばったり会ったり、息子の会社の役員がハワイに来ていたり、いちいち取り上げたら切りがないほどの偶然の出会い(遭遇現象)が起こっております。

 こうした現象の事を「セレンディピティー(Serendipity)」と呼ぶと聞きました。つまり素敵な偶然に出会ったり、何かを探している時に別の価値のあるものを偶然に見つけることをセレンディピティというのだそうです。

 「serendipity」という言葉は、イギリスの政治家にして小説家であるホレス・ウォルポールが1754年に生み出した造語ですが、日本的な言い回しに替えると「縁は異なもの味なもの」であり「袖振り合うも多生の縁」ということと同じようなニュアンスだと思っております。

 こうした出会い現象が仏縁だというと大袈裟ですが、自分の中では得度を受けたお蔭で特定の方々との縁が深まっているのだと感じております。家内に言わせると「町行く人があなたを見つけやすいのは単に『禿げ頭』だから目立つのよ!」と云われました。それもその通りで、確かに青々とした「禿頭」を見ると誰だってはっとして振り返るほどインパクトが強いので偶然に声をかけられたのだと思います。

関連記事

  • PR
  • 新着記事

    »もっと見る