この熱き人々

2016年11月21日

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吉永みち子 (よしながみちこ)

1950年、埼玉県生まれ。85年、『気がつけば騎手の女房』で大宅壮一ノンフィクション大賞を受賞。著書に『母と娘の40年戦争』(集英社文庫)、『怖いもの知らずの女たち』(山と溪谷社)、『試練は女のダイヤモンド』(ウェッジ)などがある。

 靴作りの本場英国で手製靴の技術を習得。100を超える工程に惜しみない手間をかけ、唯一無二の美しい靴を作り上げる。足に無理なくフィットする履き心地と長く愛用できる耐久性へのこだわりは、現代の消費文化へのアンチテーゼでもある。
 

 銀座一丁目。外堀通りからちょっとわき道を覗(のぞ)くと、ディスプレイされた靴が目に入る。靴職人・山口千尋が設立したハンドソーン・ウェルテッド製法の手製靴メーカー「ギルド」のショップである。といっても、並んでいるのは見本であり、注文してから手元に届くまでに数カ月はかかる手作り靴への入り口。

 製作拠点である「ギルド」の工房は、近くの京橋駅から地下鉄銀座線に乗って15分の浅草駅近く。隅田川を挟んで首都高速6号向島線、さらに東京スカイツリーを間近に臨む履物の問屋街の一角にある。

 工房のドアを開けると、革の匂いと色とりどりの糸。棚の上には、英国のさまざまな職種のマスター級の職人にしか与えられない「ギルド・オブ・マスター・クラフツマン」の会員証が飾られている。山口が日本人で初めて本場英国で得た名工の証である。それらに目を奪われていて、ふと気がつくと穏やかな表情の山口が横にいた。

 「革って1枚が畳2枚分ほどあるので場所を取るんですよね。湿気は大敵ですし、陽射しにも注意が必要で管理には気を使います」

 手製靴の世界では神様とも呼ばれる山口である。職人によくあるとっつきにくさや無口を覚悟していたが、物腰の柔らかさと笑顔にほっと救われたような気分になる。革のエプロンに作業用の前掛けを重ねて、足元はもちろん革靴。もの作りの現場でサンダルやスニーカーが多いのは、それらが終日作業するのに楽だからだ。日頃、靴は窮屈だという意識が強く存在するということだろう。

 「足は靴を履くという想定でできてはいませんからね。靴と人の相性はそもそも悪いんです。しかも1日のうちに朝と夕方では形が変化する。左右の足が同じ人もほとんどいない。人間の骨の数の4分の1にあたる52本が踝(くるぶし)から下のわずかな体積の部分に集まっていて、関節が左右で76個もあるんですよ」

 歩いたり走ったりするために、足は小さな骨がたくさんの関節で結ばれて、それぞれが動くという複雑な構造になっている。山口の話に、靴とはかくも複雑な足を包み込み、歩くたびにかかる体重の負荷や屈曲や道路状況に耐える精密さと頑丈さを求められる道具であったのかと今さらながら驚く。

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