この熱き人々

2016年11月21日

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吉永みち子 (よしながみちこ)

1950年、埼玉県生まれ。85年、『気がつけば騎手の女房』で大宅壮一ノンフィクション大賞を受賞。著書に『母と娘の40年戦争』(集英社文庫)、『怖いもの知らずの女たち』(山と溪谷社)、『試練は女のダイヤモンド』(ウェッジ)などがある。

 それなのに、既製靴はすべて左右同サイズ。同じ形。片方がぴったりでも、片方はきついか大きいか。足に合った靴より、靴に足を合わせて妥協してきた長い年月の実感が明確に自分の中にある。左右ともにフィットした靴など、夢のまた夢だったのだ。そういえば山口の靴は、飛行機の中で十数時間も履いたままでいて苦にならないと聞いた。

 「だれでもむくみますから、きつくはなります。でも、たとえば10キロの負荷を点で受ければものすごく痛みやきつさを感じるけど、広い面積で受けるとそれほど痛みを意識しないですむでしょ。足と靴がぶつかる部分は基本的に凸部、骨がある部分、関節など踏みつける部分で、そこが当たると痛い。全体が足の形に沿うようにぴったりできあがった靴には無駄な空間がありませんから、たとえむくんでも全体に力が分散されるので、きつさは多少感じても痛みは感じにくいということなんです」

顧客と会話しながら作る

何本もの紐を使って足を細かく立体的に採寸する

 山口の生み出すオーダーメイドですべてハンドメイドのビスポーク靴は、2つで1足ではなく片足ずつ採寸して木型を作り、もともと相性の悪い人間の足と靴を技術によって最大限の一体感へと近づけていく。ビスポークの語源は、be spoken。顧客と会話をしながら、ベストフィットの一点を探り当てていく。

 まずは両足で60カ所を採寸し、長さ、幅、高さを把握。木型を起こすための独特の設計図を作り、それに沿った左右の木型を作る。

 「足の形、状態、心地よい感覚を突き止めていくのが僕らの役目。デザイン、素材、この1足の靴に何を求めるのかを決めるのはお客様の役目になります。とにかくお話を伺うのが初日の大きな仕事です」

 底の形、ヒールの高さ、つま先の形……決めなければならないことは山のように目の前に現れる。自分は一体全体何を求めていたのかわからなくなる人もいるかもしれない。顧客の希望と足の状態がかみ合わないことも出てくるかもしれない。

 「もうこれ以上ハイヒールは履かないほうがいいのではと申し上げることもあります。こういう見せ方ではどうかと提案することも。足の質が軟らかくかぼそい感じなのにガチガチの革を望まれている場合は足が負けてしまうし、ごっつい体の男性に鹿革のような華奢(きゃしゃ)でソフトなものだと、革のほうが負けてしまう。それは靴の寿命にも関わってきますので、じっくり相談した上で決めていくことになります」

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