オトナの教養 週末の一冊

2017年4月29日

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中村宏之 (なかむら・ひろゆき)

ジャーナリスト

1967年生まれ。91年、慶應義塾大学経済学部卒、読売新聞東京本社入社。ロンドン特派員、米ハーバード大学国際問題研究所研究員、経済部デスク、調査研究本部主任研究員などを経て2017年4月より読売新聞東京本社メディア局編集部次長。『御社の寿命』、『世界を切り拓くビジネス・ローヤー』、(いずれも中央公論新社)など

 総合商社というとどんなイメージが浮かぶだろうか。駐在員、英語をはじめ外国語が堪能でスマートな企業戦士、インスタントラーメンから鉄鋼、ミサイルまで扱う大企業、そして近年は資源開発を熱心に行っているエネルギー関連企業といったイメージもあるだろう。別の観点からみれば、いまも昔も、なかなか学生が就職するのが難しい超一流企業といった存在であるかもしれない。経済記者の経験としては、商社の方々には海外での取材や情報交換で非常にお世話になったものである。

 数年前、ある総合商社の経営者からじっくりと話を聞く機会があったが、その商社は社員を若いうちに海外の子会社や関連会社の拠点長として赴任させ、しっかりと鍛えることを人材育成の柱にしているという。どんな国の小さな拠点であっても、現地の経営者として経験を積ませた後に本社に戻すと、その後幹部として成長するという。海外でのマネージメント経験が日本でも大いに役に立つという考え方である。

戦前からある日本独自の業態

 本書はその総合商社のことを分析的に取り上げた本である。商社の歴史から説き起こし、現代までの歩みと将来展望を詳述した。

 総合商社は実質的に戦前からある日本独自の業態であり、戦後の復興期やその後の高度成長期には、日本経済を牽引してきた。かつては10の総合商社があったが、様々な再編を経て、現在の7社体制に落ち着くまでの経緯などは興味深い。

 多くの人がよく知っている三井物産や三菱商事はどちらが先に設立されたのか。第一次世界大戦や二次大戦が商社の経営にどのような影響を与えたのか。戦中から戦後にかけて日本という国の枠組みが大きく変化する中で、商社がどのように変貌してきたのか。高度成長期、バブルの生成と崩壊、デフレの長期化など、日本経済の歩みとともに商社がそのビジネスモデルを柔軟に変えてきた様子を理解することができる。

 筆者は「バブル世代」と呼ばれる世代に属するが、自分が就職する少し前には「商社冬の時代」と喧伝された時期があった。1970年代後半から1980年代前半にかけての時代である。商社を通さないメーカーによる直接取引の増加や、資源ナショナリズムの台頭などによる「カントリーリスク」の増大など、経済情勢や国際情勢の変化が商社の経営にも影を落とした。バブル経済の崩壊は、商社もご多分に漏れず不良債権など負の遺産が重くのしかかった。経営体力の低下から再編が進み、かつての10代総合商社体制は7社に再編されるにいたった。

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