定年バックパッカー海外放浪記

2018年1月7日

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高野凌 (たかの りょう)

定年バックパッカー

1953年生まれの62歳。横浜生まれ、神奈川県出身。大学卒業後は商社、メーカー勤務を経て2013年定年退職。2014年春から海外放浪生活を始める。放浪歴は地中海、韓国、インドシナ半島、インドネシア、サンチアゴ巡礼など。サラリーマン時代は主として海外業務に従事。ニューヨーク、テヘラン、北京にて海外駐在を経験。身長170センチ、57キロ。獅子座。A型。現在2人のご子息は独立し、夫人との2人暮らし。孫1人。

(2016.6.18.~9.14 89日間 総費用18万2000円〈航空券含む〉)

ラダック地方では多数の宗教が共存

 7月26日。早朝散歩していたら、レーの町の北の中心街に1880年英国人が創設したキリスト教会と付属の学校があった。ラダック地方はイスラム教徒も多くレーの町にも3つの大きなモスクがある。

レーの町のスンニー派のモスク(回教寺院)

 ラダック地方はインド独立前にはチベット系の藩王が治めていたので当然のようにチベット寺院は大小多数ある。同時にヒンズー教徒も少なからずおりヒンズー寺院も数カ所ある。

 ゲストハウスで東インドのブータン近くの出身のインド人旅行者とおしゃべり。歴史的に東インドでは仏教徒が多いという。しかし近年他の宗教が布教活動を活発に行っており平和な仏教徒社会が変容するのではないかと懸念していた。

 東インドは貧困層が多いが現在クリシュナ教団が勢力を伸ばしている。クリシュナ教団は学校を設立して仏教徒の貧民の子供たちを教育して食事も提供する。すべて無償なので親も子供も喜ぶ。こうして子供たちを洗脳してクリシュナ教団の信者を増やしている。

 イスラム教団も同様であり東インドでは同様に学校を設立して熱心に仏教徒の貧民子弟を教育して回教徒に改宗させているという。

レーの町のシーア派の回教寺院の前でダライラマを待つ群衆

宗教対話を呼びかけるダライ・ラマ

 7月27日。インド最北端ラダック地方の中心の町レーは、朝からメインストリートに警官や兵士の姿が目立ちチベット仏教の五色の祈祷旗(タルチョ)や万国旗で飾り立てられていた。町の人に聞くと、ダライ・ラマがイスラム教指導者との宗教対話のために町にあるイスラム教寺院(モスク)を訪れるという。

レーの町の書店にあるダライラマ・コーナー

 最初にメインストリートの突き当りのスンニー派モスクで対話をしてから、200メートルほど離れたシーア派モスクを訪問するという。 

 すでに朝8時には近隣の村々から駆け付けたチベット仏教徒が通りの両脇に並んでいる。イスラム教徒、ヒンズー教徒も一緒に人垣を作っている。さらに外国人観光客もカメラやスマホを用意して千載一遇のシャッターチャンスを待っている。活仏のダライ・ラマを一目でも見たいという期待がメインストリートに横溢している。

 私はシーア派モスクの傍らで欧米人に囲まれて待っていた。9時頃、突然スンニー派モスクの方角から静寂が広がってきた。それまでのざわめきが瞬時に止み不思議な静寂が空間を支配した。背伸びすると、人々に祝福を与えてながらメインストリートを歩いてくるダライ・ラマが見えた。チベット仏教徒のみならず全ての人が祈りを捧げている。

 この静寂空間こそダライ・ラマが理想としている“平和な世界”なのだろうと感じた。

ダライ・ラマの講話会

ダライラマの講話を待つ人々

 8月9日。ダライ・ラマがレーの近郊のティクセーで講話(teaching)を行うと聞いたので日本人旅行者7人で出かけた。

 講話会場は野外コンサート会場のようであり、1万人くらいの聴衆で溢れていた。この日は少年僧向けの講話という趣旨で前列には数百人の少年僧が座っている。その後ろは一般聴衆である。チベット仏教徒以外にイスラム教徒やヒンズー教徒も多数座っている。庶民にとりダライ・ラマの講話を聴けるのは一生に何度もない貴重な機会であろう。

 外国人にはダライ・ラマが講話する壇上の横の区画が用意されていた。英語通訳のスピーカーが設置されていた。講話会はダライ・ラマの81歳の誕生日の祝賀も兼ねており州知事に続いて、イスラム教の指導者、ヒンズー寺院の僧侶が祝辞を述べた。ダライ・ラマ14世の唱道してきた宗教対話の成果を目の当たりにしたのである。

講話をするダライラマ14世。81歳とは思えない力強さを感じた

 祝辞のあとは少年僧たちによる発表会が続き、経典の斉唱、問答法などが披露された。そしていよいよダライ・ラマの講話である。講話の中で特に印象に残ったのは仏教経典以外の一般科目も広く勉強するように繰り返し強調していたことである。「歴史、地理、科学、数学、外国語などを幅広く勉強することで経典の理解が深まる」ということを易しい言葉で諭しているようだった。

活仏の素敵な一面

講話会に参加した邦人男女バックパッカーの面々。 左から年金生活者、弁護士、パイロット訓練性、実験助手、内科医、銀行OL、チベット仏教画家と多彩である

 講話を終えてダライ・ラマが宿舎に引き上げてゆくときに、数十人の欧米人の若い旅行者が握手を求めて殺到した。ダライ・ラマはにこやかに一人一人と握手していた。気さくでユーモアのあるお人柄のようである。

 帰りのタクシーでトルコ人女子と乗り合わせた。彼女はイスタンブールの大学生で色白のぱっと人目を惹く典型的なトルコ美人だ。彼女が興奮している様子なので聞くとダライ・ラマと握手できたと感激している。彼女が「トルコから来た」と叫んだらダライ・ラマは立ち止まって「トルコに行ったことがあります。美しい国ですね。トルコの首相ともお会いしました」と優しく語りかけてくれたという。

 オジサンは思わず「羨ましい。あなたは大変ラッキーな人だ。私にもあなたの幸運を分けて下さい」と言ってトルコ美人の細い手を両手で握った。

ラダック地方における布教活動

 7月31日。近くのゲストハウスに遊びに行ったら大阪出身のアラフィフのミキさんに遭遇。20年前から毎年北インド地方を訪問している。

 ゲストハウスのオーナーは52歳で3代目。彼の一族は英国の宣教師がキリスト教布教を始めた1880年代にイスラム教からキリスト教に改宗。現在レーの町には150家族のキリスト教徒がいて教会とミッションスクール(Moravian Mission School)を運営している。このミッションスクールは水準が高く優秀な生徒が集まる。なかには転生ラマの子供もいるという。

 ミキさんによるとラダック地方では日本の創価学会も活発に活動して信者を増やしている。ヒンズー教から派生したクリシュナ教団も同様に活動しているという。

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