2024年12月23日(月)

J-POWER(電源開発)

2018年2月20日

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 東京オリンピック・パラリンピックで水素の可能性を世界に発信する。日本が描く水素エネルギー利用の戦略ロードマップは着実に駒を進めつつある。そのプロジェクトの一つ「水素サプライチェーン」の動きを追った。

官民の両輪で動く 水素エネルギー社会実現への機運

 12月24日、さいたまスーパーアリーナで行われたロックバンドLUNA SEAのクリスマスライブ。その演奏を、ファンとは別の熱い視線で見守るエネルギー関係者の姿があった。水素による燃料電池自動車を使い、メンバー5人の楽器機材すべての電源を供給する世界初の試みが進んでいたからだ。LUNA SEAは5月の日本武道館公演でも、環境問題に関心を寄せるギタリストのSUGIZOが水素燃料を用いて話題となった。

 世界に先駆け、日本が家庭用燃料電池の一般販売を開始したのは2009年。燃料電池にかかわる日本の特許出願件数は世界で最も多く、諸外国に5倍以上の大差をつけて独走する(経済産業省「水素・燃料電池戦略ロードマップ」)。日本エネルギー経済研究所の試算によると、日本における水素・燃料電池関連の市場規模は2030年で約1兆円、2050年には8兆円程度に膨らむとみられる。

 そうした期待を映し、産官学の取り組みも加速する。環境貢献都市を標榜する神戸市は「水素スマートシティ神戸構想」を打ち出し、民間事業者らと協力して発電システムなどの先駆的な水素エネルギー利用技術の開発を進めている。東京都では「Tokyoスイソ推進チーム」が発足。昨年11月1日の発足式では小池都知事が水素推進宣言を発し、2020年の東京五輪・パラリンピックまでに100台以上の燃料電池バスの導入を目指すなど、水素エネルギー普及に向けて官民両輪となってムーブメントを起こす決意を表明した。

「日豪両国の複数の行政機関、企業が協働するプロジェクトは一筋縄では行かないが、非常に刺激的でやりがいがある」と語る小俣浩次氏(J-POWER 技術開発部ガス化技術担当部長)

 「このチームには企業や自治体、大学・研究組織など100以上の団体が参加しているのですが、われわれもその一員として、現在進めているプロジェクトの情報発信に努めていくつもりです」

 参加団体に名を連ねる技術研究組合CO2フリー水素サプライチェーン推進機構(HySTRA:ハイストラ)の運営に携わる電源開発(J-POWER)の小俣浩次氏はそう語る。HySTRAは、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の助成事業として採択された「未利用褐炭由来水素大規模海上輸送サプライチェーン構築実証事業」を実施する事業体として、J-POWER、川崎重工業、岩谷産業、シェルジャパンの4社により2016年2月に設立された。そのミッションは、海外の未活用の資源を用いた水素の製造から、日本への輸送と荷役に至るまでの一連の流れをチェーンとして構築すること。そのために必要となる技術の開発と、商用化に向けた検証に取り組んでいる。J-POWERの技術開発部でガス化技術担当部長を務める小俣氏は、同社がこれまでに石炭火力発電の技術開発で培ってきた知見を水素製造に活かすため、このプロジェクトに参画している。

世界に先駆けて築く 石炭由来の水素サプライチェーン

 HySTRAが確立を目指すCO2フリー水素サプライチェーンの構築は、世界でも例を見ない取り組みであるという。小俣氏は次のように話す。

 「水素をつくって運ぶだけのように見えますが、実は技術的課題は大きいのです。まず天然の水素はほぼ存在しませんから、人工的に製造しなければなりません。その過程で生じるCO2を最小限に抑え、同時に大規模かつ安定的に供給するにはどうするか。また、水素を輸送するにはマイナス253度で液化し体積を減らすことになりますが、これは液化天然ガス(LNG)を100度近くも下回る超低温。それを保持する断熱性能を備えた専用タンカーの開発や安全対策が課題です」

 水素を製造するには再生可能エネルギーを使う方法もある。風力や太陽光で発電した電気で水を分解すれば、一貫してCO2を出さずに水素を得ることができる。だが、大容量の生成は望めない。そこでHySTRAでは化石燃料を選択。それも埋蔵量が豊富で天然ガスや石油の約2倍もあり、政情安定国を中心に世界中に広く分布する石炭を採用することにした。

 「石炭の中でも褐炭と呼ばれる品種に着目しました。これは水分を多く含み、自然発火の恐れもあるので発電や輸送には向かないのですが、それだけに活用されないまま大量に残されていますし、地表近くに賦存するため採掘のコストも低いのです。われわれがプラントを置くオーストラリアだけでも、日本の総発電量240年分の褐炭があるといわれます」

 この褐炭を使い、石炭ガス化の技術を用いて水素を生み出す。その流れはこうだ。まず、ガス化炉で褐炭と酸素を反応させると、褐炭に含まれる揮発分が水素と一酸化炭素、メタンに分解される。同時に褐炭の主成分である炭素と水からも水素と一酸化炭素が生じる。次に、一酸化炭素と水を反応させ、水素と二酸化炭素に転換。最後に特殊な吸着剤で二酸化炭素とメタンを取り除き、残された純度の高い水素だけを液化工程へと送るのである。

 ただし、水素製造の過程で二酸化炭素も発生する。これにはCCS(二酸化炭素分離・回収)と呼ばれる技術を投入し、約98%の高純度でCO2だけを別により分け、そのままパイプラインで地下深くに送って封じ込めてしまう方法が併用される。

(右)微粉状にした石炭と酸素を反応させると水素を含む可燃性ガスが発生。これを燃やして発電する仕組みを応用し、可燃性ガスから水素を取り出す。(左)CCSの仕組み発電所などの排出源から回収したCO2を1000mを超える地下深くに送り込んで圧入し、地上に漏れ出さないよう封じ込める。 写真を拡大

 こうして製造された水素は港湾部の液化・荷役基地まで搬送され、さらに液体水素タンカーで海路を渡り、日本側の貯蔵・荷役設備に到達する。

 これら一連の開発・実証スキームは、①褐炭ガス化技術、②液化水素の長距離輸送技術、③液化水素荷役技術に大別され、①をJ-POWERが、②③を他の3社が担当する。製造拠点は豪ビクトリア州のラトロブバレー、貯蔵・荷役拠点は神戸に置き、プラント建設・船舶建造に向け、プロジェクトが進行中である。実証完了予定は2020年度。プロジェクトを完遂し、東京五輪に合わせて日本から世界に向けて水素エネルギー活用の可能性を示すことが、「水素・燃料電池戦略ロードマップ」に描かれた展望の一つである。

HySTRAが目指す「CO2フリー水素サプライチェーン」の流れ
 オーストラリアで活用されていない褐炭をガス化して水素を製造。現地で液化水素に変えて大規模タンカーで日本へ輸送。神戸市沖合の専用施設で荷役・貯蔵する。この一連のプロセスを「CO2フリー水素サプライチェーン」と呼ぶ。

①豪ビクトリア州で褐炭を採掘
①豪ビクトリア州で褐炭を採掘 写真を拡大

 
 水分を多く含むため輸送には適さず、小規模でしか使われてこなかった褐炭を有効利用。オーストラリアの褐炭埋蔵量は日本の総発電量240年分に相当。





②褐炭ガス化により可燃性ガス精製
②褐炭ガス化により可燃性ガス精製 写真を拡大

 
 J-POWERの高効率石炭火力発電技術により褐炭をガス化し、水素を含む可燃性ガスを製造。


③水素ガスの製造と液化、CO2分離・回収

 可燃性ガスから水素ガスだけを取り出し、同時に分離・回収したCO2を地下深くに貯留。水素ガスを極低温で液化し、海上輸送へ。


④液化水素の海上輸送
④液化水素の海上輸送 写真を拡大

 液化水素専用タンカーで日本へ向けて輸送。









⑤日本で液化水素を揚荷・貯蔵
⑤日本で液化水素を揚荷・貯蔵 写真を拡大

 神戸市沖合の空港島で液化水素を揚荷し、利用に備えて貯蔵。


水素エネルギーの利用へ(発電など)


 

低炭素社会を拓く クリーンコール技術とCO2フリーへの挑戦

 しかし、これは日本の利益だけを見た事業ではないと小俣氏は言う。

 「製造される水素は、もちろん現地でも利用可能です。なにより未利用資源を有効活用することで、新たな産業と雇用が生まれる意味は大きいのではないでしょうか。世界の広い地域から安価に調達できる褐炭は、資源に乏しい日本にとってエネルギーの安定供給をもたらす重要な存在ですが、同じように相手国にとっても、技術移転や環境整備へとつながるWin-Winの関係が望めるのだと思います」

 J-POWERはこれまで、石炭火力発電からのCO2排出を可能な限り削減するクリーンコール技術を追求してきた。その一つが、石炭をガス化して生じるガスを燃やして発電すると同時に、その排熱も発電に利用するIGCC(石炭ガス化複合発電)である。さらに、燃料電池を組み込んだIGFC(石炭ガス化燃料電池複合発電)も計画しており、現状の石炭火力発電と比べて約30%のCO2削減を目指している。

 発電効率を極めれば、それだけ石炭の使用量が減り、CO2の排出量が低減する。その実証に向け、先行研究を経て「EAGLE」と命名されたプロジェクトが始まったのが2002年。現在はその12年間の成果を引き継ぎ、NEDOの支援のもと、中国電力(株)と共同で大型実証プロジェクト「大崎クールジェン」が稼働している。CCSもまた、J-POWERら35社が出資する事業会社が北海道苫小牧市で大規模実証試験を進めており、実用化への最終段階を迎えている。

大崎クールジェンの実証プラント(広島県大崎上島町)。石炭ガス化技術による超高効率の次世代石炭火力発電システムへの挑戦が続いている。

 こうした取り組みを後押しする企業の原動力とは何か。小俣氏は語る。

 「水素であれ高効率発電であれ、低炭素社会の実現に有効な手立てがあるなら、いくつもの可能性に挑戦する。それが、エネルギーを不断に供給する電力会社としての使命だと思います」

電気の安定供給を支える J-POWERグループ

(上)世界最高水準の環境保全対策と発電効率を実現している磯子火力発電所(神奈川県)。(下) 戦後日本の電力不足を解消し、復興に貢献した佐久間ダム・発電所(静岡県)。半世紀を経て今なお活躍中。

 J-POWER(電源開発株式会社)は1952年9月、全国的な電力不足を解消するため「電源開発促進法」に基づき設立された。その目的を達するため、まず大規模水力発電設備の開発に着手。次いで70年代の石油危機を経てエネルギー源の多様化が求められるなか、海外炭を使用した大規模石炭火力発電所の建設を推進。現在、J-POWERグループでは地熱発電や風力発電など再生可能エネルギーの開発にも力を入れ、全国100カ所の発電所(総出力約1800万kW)や送電・変電設備の運用により、エネルギーの安定供給に努めている。また、J-POWERがこれまで蓄積してきた技術力と経験を活かし、世界64カ国・地域で海外コンサルティング・発電事業を展開している。

J-POWERグループの主な発電設備
(2017年4月1日現在 持分出力ベース)
水力発電所  61カ所 857万kW
火力発電所  12カ所 885万kW
風力発電所  22カ所   43.9万kW