西山隆行が読み解くアメリカ社会

2018年8月27日

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西山隆行 (にしやま・たかゆき)

成蹊大学法学部教授

東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了、博士(法学)。甲南大学法学部教授を経て現職。専門は比較政治・アメリカ政治。著書に『アメリカ型福祉国家と都市政治』(東京大学出版会)、『移民大国アメリカ』(筑摩書房)、『アメリカ政治』(三修社)、『アメリカ政治入門』(東京大学出版会)、5月に『アメリカ政治講義』(筑摩書房)が刊行予定。

 第三に、近年のアメリカ政治では、事実そのものを軽視する傾向が顕著になっているように思われる。2016年大統領選挙に際し、フェイク・ニュースやオールタナティブ・ファクトというような表現が頻繁に用いられたのは、トランプだけに原因があるのではない。

 2016年選挙ではFacebookの在り方が問題として論じられたが、近年ではSNSを通して情報を得る人が増えている。その中で、例えばロシアの介入についての疑念が呈されているように、外国勢力がSNSを通して情報を流すことが容易になっている。以前は外国勢力が国内政治に影響を及ぼす方法はエスニック・ロビイングが中心だったが、SNSを使えば容易に活動できるだけでなく、目立ちにくい。特定の意図に基づく情報を流すことが容易になっているのである。

 また、国内の人物であれ外国の人物であれ、政治的意図がないにもかかわらず、政治に関する情報を流す人も増えている。SNSの中には多くのクリックを得ると報酬が得られるシステムがあるが、クリック課金を目的として、人々の耳目を集めるためだけに記事を作り出す人々が登場するようになっている。そのような場合には、情報の正確性はあまり重視されないのである。

アメリカの民主政治にとって大きな危機

 このように、真実性に疑問がある情報が流布する中で、2016年大統領選挙時に民主党のヒラリー・クリントン陣営はファクト・チェックを行い、自らに対して行われている批判の多くは事実に反していると発表してきた。だが、そのような試みが政治的には必ずしも賢明でなかったのではないかという反省が、民主党内部からも発されるようになっている。

 ファクト・チェックを行って発表したとしても、選択的接触が一般的になっている今日では、そのような情報を見てくれるのはそもそもクリントンに好意的な立場をとっている人だけという可能性がある。多くのコストをかけてファクト・チェックを行うより、Twitterなどを用いて、自分たちを支持してくれる、あるいは他の候補を批判する情報を大量に流す方が効果的ではないかという声が強まっている。

 とりわけ、近年ではbotと呼ばれる、自動的に作業を行ってくれるコンピュータの機能を用いて、党派的なハッシュタグがついたTwitter(例えば、#MeTooがついていれば民主党に好意的である)を自動的にリツイートして拡散すれば、民主党に好意的な世論の波を作り出すことができる。その方が選挙戦術上ははるかに効果的だと考えられるようになっているのである(なお、このような手法は選挙区が大きい大統領選挙では有効性が高いが、選挙区が狭いことの多い連邦下院議員選挙でどれほどの有効性があるかは不明である。アメリカの政党は日本でいうところの党議拘束が弱いことも、この手法の有効性を低くする可能性があるだろう)。

 大統領のような権力者が伝統的なメディアに対して公然とフェイク・ニュースだと述べたり、そもそも事実が重視されなかったりというような事態は、言論とプレスの自由のみならず、アメリカの民主政治にとって大きな危機である。

 民主政治で討論が重視されるのは、どのような人物であれ真実(truth)を独占することができない、そもそもそれを確定することが不可能(少なくとも困難)だという認識が根底にあるためである。そうであるが故にこそ、複数の見解を突き合わせ、互いに説得力を競い合うことが重要になる。そして、その際に重要なのは、そこで示される見解が、事実(fact)に即しているということである。事実を確定したうえで、あるべき姿を論じ、その実現に向かって健全な討論や競争を行うことが必要であり、それを可能にする環境をいかに整えるかが民主政治にとっても重要な課題になる。今回の出来事は、このような民主政治の根本について再考するきっかけを与えてくれたといえるだろう。
 

  
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