栄養学から考える「食と健康」

2018年9月5日

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松永和紀 (まつなが・わき)

科学ジャーナリスト

1963年生まれ。89年、京都大学大学院農学研究科修士課程修了(農芸化学専攻)。毎日新聞社に記者として10年間勤めたのち、フリーの科学ジャーナリストに。主な著書は『踊る「食の安全」 農薬から見える日本の食卓』(家の光協会)、『食の安全と環境 「気分のエコ」にはだまされない』(日本評論社)、『効かない健康食品 危ない天然・自然』(光文社新書)など。『メディア・バイアス あやしい健康情報とニセ科学』(同)で科学ジャーナリスト賞受賞。「第三者委員会報告書格付け委員会」にも加わり、企業の第三者報告書にも目を光らせている。

松永:このカドミウムの研究をされたのは、佐々木先生の研究チームですよね。そうした研究も経て、カドミウム対策は進みました。それでは、ヒ素は? お米には発がん物質である無機ヒ素が多く含まれているから子どもの離乳食には使うな、と見解を出している国もありますが。

佐々木:日本人は無機ヒ素の9割を米と海藻のひじきから摂っているという報告があります。無機ヒ素の習慣的な摂取量とがんの発症率との関連を調べた疫学研究が日本にあり、その結果では、無機ヒ素の摂取量が増えるにつれて肺がんの発症率が少し増えているように見えます。が、統計学的には有意な差はありません。

図2 日本における無機ヒ素摂取量とその後の肺がん、膀胱がん発症率の関係
日本国内に住む成人男性4万2029人をおよそ11年間追跡した。ベースライン調査における食事から習慣的な無機ヒ素摂取量を把握し、その後の肺がんと膀胱がんの発症率を調べた結果、肺がんでは発症率が少し増えるように見えるが、統計学的には増えるとは言えない
出典:論文8のデータより作図

 とはいえ、発がん物質である無機ヒ素の摂取量は少ないに越したことはありません。玄米と白米の無機ヒ素含有量を比べると、玄米が5割程度多いようです。カドミウムの含有量は玄米と精白米でそれほど大きな差はありません。

プラス面とマイナス面の両方を考えて選ぶ

松永:そうなると、食物繊維などが多く生活習慣病予防に確実に効果がある玄米だけど、無機ヒ素により発がんリスクが上がって将来がんになったらイヤだな、どうしよう……ということになります。

佐々木:結局、プラス面(ベネフィット)とマイナス面(リスク)の両方を考えて食べ物は選ぶものなのです。だからこそ、「良い食品」「悪い食品」という分け方はできません。

 ぼくは、お米については食物繊維による生活習慣病予防への大きなプラス面と、科学的根拠に基づいたカドミウムに対する厳しい管理体制、そして無機ヒ素によるわずかなマイナス面を足し引きして、少なくとも成人では玄米を食べる方がマイナス面よりプラス面が勝っている、と結論します。

松永:2015年に厚生労働省が「日本人の長寿を支える健康な食事」というのを提案したことがあり、そのときには「全粒穀物を積極的に食べましょう」ということが提唱されました。最初はお弁当などにマークを付けて販売することが予定されていたのですが、自民党の農林族等から「白米の生産に影響する」と横やりが入ってマークが見送られた、と報道されました。

 でも、私の取材ではあの当時、内閣府食品安全委員会から「玄米を食べることを推奨して、無機ヒ素の摂取量を増やすのはいかがなものか」という意見が内々に出たようです。食品のリスク研究をしている科学者の間では、無機ヒ素のリスクへの懸念が結構強くて、「食物繊維を増やしたいのなら、玄米よりも野菜の量を増やせばよい」という声も聞きました。米のベネフィットとリスクの比較はかなり難しいなあ、と思った覚えがあります。

佐々木:穀物の食物繊維と野菜の食物繊維は性質が異なります。野菜から摂れば良い、というのは、疾患によっては成り立たない。糖尿病の発症率の疫学研究で、穀物からの食物繊維摂取量が多いと予防効果がありますが、野菜や果物からの食物繊維の摂取量が多くても予防効果は見られませんでした。ましてや、飲料で食物繊維を摂れるというものがありますが、あれが本当に生活習慣病の予防に効果があるのかどうか、エビデンスがありません。

 栄養学は、多くの方が想像するよりも100倍、1000倍、1万倍も難しいものです。

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