BBC News

2018年12月24日

»著者プロフィール

米連邦最高裁は21日、85歳になるルース・ベイダー・ギンズバーグ判事が肺の悪性腫瘍(しゅよう)摘出手術を受けたと発表した。判事は今年11月に肋骨(ろっこつ)3本を折るけがをしており、その健康状態が懸念された。骨折の手術を機に悪性腫瘍がみつかったものという。

連邦最高裁は声明で、悪性腫瘍はすべて無事に摘出したようだと発表。ギンズバーグ判事はニューヨークのがん専門病院で休息しており、苦痛もなく、これ以上の治療は予定されていないという。

最高裁判事は長官を含めて9人。任期は終身のため、市民生活に大きく影響する最高裁判断の動向は、リベラルか保守か、9人の構成が大きく影響する。ギンズバーグ判事はリベラル派の1人で、11月に肋骨を骨折した際にも、その健康状態が注目された。

米NBCニュースやNPRなど複数報道によるとギンズバーグ判事は、法的手続きをとらずに米国境を越えた移民の難民申請を自動的に拒否するトランプ氏の大統領令について、手術後に投票した。サンフランシスコ連邦控訴裁による執行差し止め命令を、支持した。ギンズバーグ氏を含むリベラル派判事4人と、ジョン・ロバーツ所長が反対したため、大統領令は差し止められた。

連邦最高裁は現在、リベラル派判事が4人と、ジョージ・W・ブッシュ大統領(当時)に指名されたロバーツ長官を含め保守派が5人の構成。ただし、ロバーツ長官はこのところトランプ大統領と表立って対立していたため、難民申請禁止の大統領令に対する判断が注目されていた。

ギンズバーグ判事が引退したり、職務を続行できないほど体調を崩したりすれば、トランプ大統領がニール・ゴーサッチ氏、ブレット・キャヴァノー氏に続き3人目の判事を指名し、圧倒的過半数を保守派で固められるようになる。

リベラルの象徴

ギンズバーグ判事はアメリカのリベラル層にとって、まさに象徴的な存在だ。新しい伝記ドキュメンタリー映画「On the Basis of Sex」(性別に基づき)やベストセラー「Notorious RBG」(悪名高いRBG)で取り上げられ、ミレニアル世代の女性たちの間でも有名になった。判事の似顔絵が描かれたTシャツやコーヒーカップ、ミニチュアフィギュアや人形も販売されている。

ハロウィーンには「ミニ・ギンズバーグ」たちが裁判で使う小槌を叩くたくさんの写真がSNSにあふれたし、年末には判事の人形をクリスマスツリーの装飾にする人たちが相次いだ。

https://twitter.com/RBGmovie/status/1057690195741433856

今回の肺がん手術の知らせを受けて、「私がクリスマスに欲しいのは、ルース・ベイダー・ギンズバーグが幸せで健康に暮らして、ついでに不老不死になること」とツイートした女性もいる。

https://twitter.com/cmcnamara1110/status/1076170866822664192


「ルース・ベイダー・ギンズバーグは肺が必要かもしれないから、ニューヨークに行かないと」と書いた人もいた。

https://twitter.com/heartRN1704/status/1076170839853166592


映画監督のジェニファー・シーベル・ニューソムさんも、「私がクリスマスに欲しいのは、健康なRBG、それだけ」とツイートした。

悪性腫瘍が見つかり摘出できたのは、11月に最高裁で転んで肋骨を折ったおかげだと、「災い転じて福となすこともある」とツイートする人もいた

11月にギンズバーグ判事が転倒した際には、人気トーク番組の司会者ジミー・キメル氏が番組中に、「ルース・ベイダー・ギンズバーグ風船」を紹介。ギンズバーグ判事に見立てた女性がビニール製の巨大な風船に入ったまま風船を転がしながらステージに登場すると、キメル氏はギンズバーグ判事を「何としてでも」守らなければいけないと言った。

「悪名高いBG」の共著者、イリン・カーモン氏は、「公職に就いている女性が、85歳になっても平等と公正のため、断固とした姿勢を示せるのを見て、年齢を問わず大勢がワクワクしているのではないかと思う」と話す。「彼女のような人はめったにいないので」。

ギンズバーグ判事は、小柄な体型やまじめな立ち振る舞い、慎重に言葉を選ぶために生まれる長い「間」(軽口は絶対に容赦しないらしい)が有名だ。しかし判事はどうやって、高名な法学者から本格的な有名人になったのだろうか?

妊娠で減給

ジョーン・ルース・ベイダーは1933年、ニューヨーク州ブルックリン・フラットブッシュでユダヤ人移民の娘として生まれた。母親はジョーン・ルースがまだ17歳の時にがんで亡くなった。

1954年にコーネル大学を卒業すると、マーティ・ギンズバーグと結婚し、まもなくして第1子が生まれた。ギンズバーグは社会保障事務所で働いていた時に妊娠し、それが理由で降格させられた。1950年代当時、妊婦差別は合法だった。この経験から、数年後に2人目を身ごもった時は妊娠を隠した。

1956年には、ハーバード・ロー・スクールに入学。同期の女性は他に8人だけだった。同校の学部長は、男子学生が合格するはずの学籍をなぜ自分に与えるべきかと女子学生に説明させることで有名だった。ギンズバーグ氏はこの後、ニューヨーク州のコロンビア大学ロー・スクールに転学し、女性として初めて両校の法学論集に携わった。

それでも、ギンズバーグ氏は職探しに苦労した。クラスで首席だったにもかかわらず。

「私を雇おうとした法律事務所は、ニューヨーク市内で1社もなかった」とギンズバーグ氏はかつて話していた。「三振アウトだった。ユダヤ人で、女性で、母親だったので」。

男性判事相手に「幼稚園の先生」

ギンズバーグ氏は1963年、ラトガース大学ロー・スクールの教授となる。当時はまだ珍しい女性関連法の講座を持ったほか、アメリカ自由人権協会(ACLU)で、「女性の権利プロジェクト」を共同で立ち上げた。1973年にはACLUの顧問弁護士に就任し、性差別を巡る裁判を数多く担当した。そのうち6件は連邦最高裁まで進み、ギンズバーグ氏は最高裁での審理に出廷した。

たとえばギンズバーグ氏は、空軍所属の女性中尉が夫のための住宅手当支給を拒否された案件を担当した(男性同僚たちは配偶者手当を受けていた)。

ギンズバーグ氏はまた、男性の訴訟案件も引き受けた。1975年には、出産中に妻を亡くした若い男性が、福利厚生の支給を拒否された案件を受け持った。

「この男性の案件は、性差別がいかにあらゆる人を傷つけるかを示す完璧な事例だった」とギンズバーグ氏は数年後に、指名承認公聴会で述べた。

最高裁で争った6件のうち5件に勝訴したが、当時のことをギンズバーグ氏は、男性だけの判事を相手に、性差別をまるで「幼稚園の先生」のように説明しなければならなかったと振り返っている。

中絶しないと解雇だと迫られた空軍の女性大尉の訴訟も担当した。ギンズバーグ氏は、この訴訟が憲法判例となり、生殖の自主決定権が保障されるよう期待していた。しかし代わりに空軍が方針を変更し、訴訟は棄却された。

翌年の「ロー対ウェイド事件」では、米国における人工中絶の問題に決着をつける司法判断が下された。しかしこの判決は女性の中絶権を法的保護の平等の問題ではなく、プライバシー権の問題として扱ったため、ギンズバーグ氏は懸念を募らせた。

ギンズバーグ氏は1984年の講義で、「裁判所命令はあまりに勇み足で、判断の正当化は不十分だった」とこの時のことを振り返った。

最高裁2人目の女性

1980年、当時のジミー・カーター大統領は連邦裁判所の多様化に取り組んでおり、その一環としてギンズバーグ氏をコロンビア特別区(ワシントン)連邦控訴裁判所の判事候補に指名した。保守的な判断を繰り返すことで、ギンズバーグ氏は中道派として評価された。たとえば、同性愛を理由で海軍から解雇されたと主張する水兵の審理では、水平の主張を認めなかった。

1993年になると、当時のビル・クリントン大統領が、判事候補を長いこと探した挙句、ギンズバーグ氏を最高裁判事に指名した。米誌ニューヨーカーによると、「ロー対ウェイド」判決に関する過去の発言を理由に、ギンズバーグ氏指名に実は反対だという女性権利団体もあった。しかし最終的にクリントン氏は決意を固め、ギンズバーグ氏は史上2人目の女性として、最高裁判所判事候補に指名された。

「決め手は本人との面接だった」とクリントン氏は、2018年のドキュメンタリー映画「RBG」で述べた。「文字通り15分以内に、彼女を指名しようと決意した」。

上院の承認公聴会でギンズバーグ氏は、中絶選択権の支持派として確固たる意見を次々と表明した。

「女性が男性と平等に扱われるには、女性が意思決定者にならなくてはならない」とギンズバーグ氏は上院で述べた。「女性の選択を妨げる制約を科せば、性別を理由にその女性を不利な立場に置くことになる」。

猛烈な反対意見

ギンズバーグ氏が最高裁で担当した初期の裁判で非常に重要なものの1つに、「合衆国対ヴァージニア州」の訴訟がある。男子限定のヴァージニア州立軍事学校の入学受け入れ方針を無効としたものだ。過半数の判事による多数意見(判決文の一部)でギンズバーグ氏は、いかなる法律も方針も、女性の「完全な市民としての地位、個人の才能や能力に基づいて社会で熱望し、達成し、社会に参加して貢献する機会」を否定すべきではないと書いた。

1990年代後半にギンズバーグ氏の判事助手を務め、現在はジョージ・ワシントン大学で法律学を教えるポール・シフ・バーマン教授は、ギンズバーグ氏は「性別による分類は憲法修正第14条の平等保護条項に反すると、最高裁に分からせようとしていた」と話す。

アメリカで司法の保守が進む中、ギンズバーグ氏の立ち居地は中道からどんどん左へと移動した。そして、その激しい反対意見が有名になった。

「シェルビー郡対ホルダー事件」では、裁判所は5対4で投票権法(1965年)の一部を無効とした。地方自治体の投票ルール変更には連邦政府の事前承認が必要だという決まりを、排除したのだ(条項は、有権者の投票を阻止する妨害行為の防止が目的)。

アメリカの国内事情は大いに進歩しているのだから、たとえ地方自治体が投票のルールを変えようとしても、連邦政府がいちいち事前承認などする必要はないというのが、この時の多数意見だった。これに対してギンズバーグ判事は、「自分は濡れていないからと、暴風雨の中で傘を投げ出すようなものだ」と反対意見を書いた。

判事から象徴的存在へ

ギンズバーグ判事の舌鋒鋭く手厳しい反対意見に注目した、シャーナ・カニジニックという若い法学生が、ソーシャルメディアのTumblrに、ギンズバーグ氏に特化したアカウント「ノトリアス(悪名高い)RBG」を作った。ラッパーの故ノトリアス・BIGをもじった名称だ。

このアカウントによって新しい世代の若いフェミニストたちの間で、ギンズバーグ氏は有名な人気者となった。カニジニック氏と共著者のカーモン氏はこのブログの名前を題名に本を発表し、本はベストセラーとなった。

「ノートリアスRBG」は、ギンズバーグ氏をポップカルチャーのスターへと押し上げるのに一役買った。女優ケイト・マキノン氏は人気番組「サタデー・ナイト・ライブ」でギンズバーグ氏を演じるようになった。ギンズバーグ氏自身も自分の似顔絵が描かれたTシャツを配っていると言われている。

「ギンズバーグ判事自身もとても喜んでいると思う」と、元助手のバーマン氏は言う。「自分が残すものが、特に次世代の若い女性たちの刺激になるというのは、本人にとってとてもワクワクすることだと思う」

ポップ・カルチャーの一部になったことで、ギンズバーグ氏の人生のあらゆる側面がインターネットで注目されるようになった。

コメディアンのスティーヴン・コルベア氏はギンズバーグ氏のエクササイズを真似してみたし、判事が好むレースの手袋や、法服の上に付ける「ジャボ」と呼ばれるレースの襟も注目されるようになった。

ギンズバーグ氏が「反対意見を述べる時に選ぶ」と言われる襟は、ミニチュア版のネックレスが作られている。

伝記ドキュメンタリー映画「On the Basis of Sex」は、夫マーティさんとの結婚を軸に展開する。マーティ・ギンズバーグ氏は2010年に亡くなったが、56年間の結婚生活で、妻にとって最大の擁護者となり、有名な配偶者のために喜んで脇役を演じた。

ドキュメンタリー映画の中でギンズバーグ氏は、「マーティに出会えたことが、私にとって一番の幸福な出来事」と話している。

ギンズバーグ氏は謹厳実直な女性として知られているが、オペラを心から愛している。保守派の故アントニン・スカリア判事は同じくオペラが大好きで、イデオロギーでは正反対だったものの、2016年に亡くなるまでギンズバーグ氏の親しい友人だった。

「すっかり夢中になってしまう」とギンズバーグ氏はドキュメンタリーでオペラについて語っている。「まるで電流が全身を流れるみたいに」。

とは言え、ギンズバーグ氏への批判はあるし、間違うことがないわけでもない。2016年大統領選では、大統領候補だったドナルド・トランプ氏を「ぺてん師」と呼び、トランプ氏が大統領になった世界など想像できないと話していた。

「あの人はその場で思いついたことを何でも口にしてしまう。本当にエゴが強い」とギンズバーグ氏は当時、CNNに話していた。

こうした発言が裁判所の公平や権限を損ねるとして、ギンズバーグ氏はその後、右左両派から批判された。同氏は最終的に、謝罪している。

なぜ引退を拒否

オバマ前大統領の在任中、ギンズバーグ判事はそろそろ引退すべきではないかと言うリベラル派もいた。民主政権の間に、別のリベラル派判事を後任として選ぶためだ。ギンズバーグ氏はいら立ちつつ、辞任要求をはねのけた。

「たくさんの人に、『いつ引退するのか』と聞かれてきた。全力で仕事を出来る限りはここにとどまる」と、インタビューに答えている。

ギンズバーグ氏が体調を崩すのは今回が初めてではないと、カーモン氏は指摘する。肋骨を折り、がんとの戦いに2度打ち勝ち、2014年には心臓にステントを挿入している。それでも、審理を欠席したことは一度もない。

「ギンズバーグ氏は毎回、不断の決意をもってたくましく戻ってくる」とカーモン氏は話す。「ギンズバーグ氏がこの仕事に就いて少なくとも半世紀だし、まだまだ仕事は終わっていない」。

ジェシカ・ラッセンホップ、BBCニュース・マガジン

(英語記事 Ruth Bader Ginsburg: US Supreme Court judge has cancer surgery / Ruth Bader Ginsburg: Liberal America panics when she falls ill)

提供元:https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-46670620

関連記事

新着記事

»もっと見る