テレ東・プロデューサーが語る「テレビサバイバル」

2019年1月4日

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小林史憲 (こばやし・ふみのり)

テレビ東京・プロデューサー

1972年、東京都生まれ。98年、テレビ東京に入社。報道局で警視庁記者クラブ、「ガイアの夜明け」、「カンブリア宮殿」などの番組ディレクター、プロデューサー。北京支局特派員。現在はコンテンツ事業局・海外ビジネス部副部長。ドラマやアニメをプロデュースしながら、海外へのコンテンツ展開を進めている。著書に『テレビに映る中国の97%は嘘である』(講談社)、『騒乱、混乱、波乱、ありえない中国』(集英社)。

「テレビ東京」が特集された「広報会議」の12月号

(⇒前編から読む)

 深夜と早朝に『WBS(ワールドビジネスサテライト)』や『Newsモーニングサテライト』を放送していたものの、もう一つ他局と差別化が図れずに苦しんでいたテレビ東京・報道局。状況を打破すべく、これまでにない経済ドキュメンタリー番組を立ち上げることになった。2002年のことである。

『ガイアの夜明け』誕生秘話

 これは親会社の日経新聞も肝いりの大型プロジェクトだった。番組タイトルには「日経スペシャル」という冠が付けられることになり、放送は日曜の夜10時からというプライムタイム(2年目から火曜夜10時に移行)。選挙などの特番以外で報道局がプライムタイムにレギュラー番組をもつのは初めてだった。

 実はこの時、テレビ東京は東証一部への上場を目指していたため、株主の評価を高めるべく、骨太で良質な番組を作るのが狙いだった。

 4月からの放送開始に向け、報道局内ではプロジェクトチームが結成された。前編で書いた通り、社会部の私は経済路線に反対の立場だったが、学生時代から好きだったドキュメンタリーという言葉に心が動いた。立候補してみたところ幸運にもチームに入れてもらえた。

 面白いのは、プロジェクトチームに加わったプロデューサー、ディレクター計9人のうち、3人が政治部、3人が社会部出身だったことである。経済の専門家は少なかった。

 チームで侃々諤々の議論をし、番組タイトルは『日経スペシャル・ガイアの夜明け』に決まった。時代はバブル崩壊からちょうど“失われた10年”が過ぎた頃だった。社会が閉塞感に覆われていたため、いつか再び夜明けが来ると信じて奮闘する人々を追うという意味が込められた。ただ「日本の夜明け」では了見が狭い。ギリシャ語で「地球」を意味する「ガイア」とくっつけて、世界中で起きている経済の動きをダイナミックに取材することを志した。

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