チャイナ・ウォッチャーの視点

2019年7月12日

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樋泉克夫 (ひずみ・かつお)

愛知県立大学名誉教授

中央大学法学部、香港中文大学新亜研究所、中央大学大学院博士後期課程を経て外務省専門調査員として在タイ日本国大使館勤務。著書に『華僑コネクション』『京劇と中国人』『華僑烈々―大中華圏を動かす覇者たち―』(以上、新潮社刊)など。

[著書]
(funky-data/gettyimages)

 半世紀ほど昔に出会って以来、東南アジアの華字紙には目を通すよう努めてきた。対外開放に伴う中国の変化に応じて中国と華人社会の間のヒト・モノ・カネの交流が頻度を増したことで、新聞経営に対する中国からの資本参加も珍しくはない。

 中国で用いられている簡体字が一般化し、時には経済大国に大変身した中国に対する“配慮”すら感じられる。中国政府による華人メディア工作が奏功している傍証と言えるだろう。

 当然のように紙面構成も大きく変化している。各地の狭い華人社会で繰り返されてきた冠婚葬祭を伝えるような社交紙に過ぎない華字紙ではあったが、国境を越えて拡大・連携する華人社会の状況に対応するかのように、いまや東南アジア華人社会の世論動向を反映するようにも思える。

 『バンコク・ポスト』と共にタイを代表する英字紙の『ネーション』は、48年の歴史に終止符を打ち、7月1日から電子版に切り替えた。読者の紙媒体離れによる経営不振に起因する経営方針の転換とのことだが、10月からの中国語版刊行が明かにされた。華人社会の拡大という現実を踏まえての判断に違いない。

 中国による“熱帯への進軍”が進展する一方、その動きに呼応して華人社会が拡大する。であればこそ我が国の東南アジアにおける立ち位置を考える上でも、やはり華字紙の論調には注意を払っておく必要がある。旧態依然たる見方は、すでに通用しないのだ。

 以上を踏まえた上で、タイで発行されている『世界日報』の最近の社説から、日本に深く関係する「日本の韓国制裁はグローバル経済大乱の前兆」(7月6日付)に注目し、以下に要旨をつづってみた。なお、同紙は一貫して韓国を「南韓」と表記している。

 ――G20閉幕直後の7月1日、日本政府は半導体関連資材の韓国輸出に当たって4日から厳格審査を実施することを明らかにした。この資材は世界的に日本が独占状況にあるだけに、今回の措置は韓国の基幹産業に重大な衝撃を与えると共に、いずれアップルや華為(ファーウェー)などに被害が及ぶだろう。

 いまや日本の対韓外交は「攻撃性手段を用いる段階」、つまりルールに拠らない弱肉強食の段階に入った。武器ではなく、経済的手段によって愈々自国の国益を追求するようになった。その典型がアメリカだ。

 近年、日韓関係は悪化の一途を辿り慰安婦問題、「独島/竹島」の帰属権問題は一向に解決せず、最近になって韓国国会議長の天皇侮辱発言、韓国海軍の自衛隊機レーダー照射事件と続いたが、「徴用工訴訟」に関する問題が今次措置の導火線となった。韓国最高裁は「過去の判決を翻し」、日本企業に「日本植民地期の強制労働に対する損害賠償」を命じた。この判決に基づき弁護団は当該企業の「在韓資産凍結を申請した」。

 韓国が一貫して司法の独立を掲げるだけに、交渉の糸口すらつかめない日本は「忍耐の限界に達した」。安倍政権は「経団連の圧力」のもとに今回の措置を執った。これに対し韓国はWTOへの提訴を打ち出す。だが「日本側はWTO規則に違反していない。提訴するなら提訴すればいい」と、安倍首相は強硬姿勢を崩さない。

 G20で議長を務めた安倍首相は各国首脳を取り纏め自由貿易と市場開放を宣言したが、今回の韓国に対する「制裁措置」は自らの立場と矛盾している。やはり理解不能だ。

 日本は、トランプ大統領が安全保障上の理由から華為との取引を禁止した措置に倣い、安全保障面での貿易友好国を示す「ホワイト国(27カ国)」から韓国を除外した。今回の措置はアメリカの「暗黙の了解」の下に、トランプ大統領が朝鮮半島を離れるのを待って実施されたものと確信する。同大統領の北朝鮮政策への配慮が働いたことは言うまでもないだろう。

 現状では韓国側に効果的な打開策はない。その影響は日韓関係の反意を遥かに超える。日本外交が消極から積極に「大きな一歩」を踏み出したことは、周辺諸国に緊張を招く。

 日本の専門家は、今回の措置によって韓国に関連材料・部品を輸出するソニーやパナソニックなどの日本企業に実害が及ぶことを憂慮している。G20でのトランプ・習近平会談における華為問題の取り扱いに見られるように、経済的問題での一方的勝利はありえない。だが、政治的にはそうではない。トランプ大統領は就任以来、アメリカの一人勝ちを目指して関係各国に圧力をかけ続けるが、どの国も抗議の声を上げられない。この手法を日本が学んだなら、他国もまた同じ手法を採ることができるはずだ。

 2010年に「釣魚島主権をめぐって深刻に対立」した際、中国は日本へのレアアース輸出を禁止した。その折、日本はグローバル経済の自由化ルールに違反していると、中国に厳重な抗議を行った。日本が韓国への輸出に際して厳重審査に踏み切った半導体関連材料は、当時のレアアースと同じだ。ならば日本には当時の中国を批判する資格はない。

 世界経済の相互依存で進んでいる状況下で自国の利益・都合で相手国との取引を断ち切るようなことがあれば、世界は大いに乱れるだけではなく暗黒の中世に戻ってしまう。「報復」が「報復」を呼ぶ。「報復」の応酬が続き、誰一人として「勝者」にはなれない――

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