2024年5月8日(水)

世界の記述

2022年4月26日

 ロシアによるウクライナ侵攻について、中南米の反応はまちまちだが、概して静かだ。ロシアや中国と強い関係のあるキューバやベネズエラがロシアを強く非難しないのは当然としても、他の国々からも厳しい声は聞かれない。

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 理由の一つは、ウクライナやロシアとの心理的な距離の遠さだ。実際、地理的な距離は日本とさほど変わらないが、「また遠くで大国が何かやっている」という意識が一般には強い。実際、いま筆者が滞在しているチリ南部のパタゴニア地域で、40~50人と話してみたが、彼らからウクライナの話題が出てくることはまずなかった。中には、ウクライナ大統領の家系に詳しい人もいたが。

 チリ共産党が2月24日にこんな宣言を発表した。「紛争の解決策としての戦争を非難する。ウクライナ紛争については、各国が自国の責任を引き受けねばならない。第一にロシアだ。しかし同時に、米国も北大西洋条約機構(NATO)も、その拡大主義、経済利権、地政学的理由からウクライナを武装化し、ロシアを刺激した結果、戦争の危機を招いた責任を自覚すべきだ」。

 一国の左派の言葉にすぎないが、チリの、ひいては中南米の庶民の反応を代弁している。アフガニスタン紛争やイラク戦争と同じく、「どうせまたグリンゴ(米国人の蔑称)が何かたくらんでいるんだろう」と、大国のふるまいを冷たい目で傍観する態度だ。

 南米の戦争と言えば、英国とのフォークランド紛争や各国間の国境紛争、コロンビアなどでのゲリラ戦が身近だが、大国の紛争は気分として遠いままだ。第一次・第二次世界大戦にも直接関わらず、むしろ需要増で一次産品や食料輸出が増えた国も少なくない。「大戦の危機」を代々肌で感じてこなかった。

 もう一つは、社会が騒がないことだ。日々自給自足をどう高めるかなど、身の回りの、地元のことに目を向けている庶民にとっては国内政治さえも遠い。首都で国会が何かを決めたとしても、自分の身にふりかかるまでは、あくまでも「政治の話」として矮小化しがちだ。そもそも長年の悪政から、政治が信用されていない。メディアも同じく信頼されていない。庶民がさほど反応していない以上、政治関係者も動かない。

 人が冷めているわけではない。戦争を否定する人が大半である。むしろ、米国にしらけているというのが正しい。長年、中南米に介入してきた米国を見てきた層にとって、悪のロシアに対抗し米国側につくというポーズは、立派な態度とは思えないのだ。

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■プーチンによる戦争に世界は決して屈しない
Part 1 元NATO軍最高司令官に聞く 世界の行方と日本の役割/ジェイムズ・スタヴリディス
Part 2 〝プーチンの戦争〟の先にはどんな「出口」が待っているのか?/小泉 悠
Part 3 ロシアの行動を注視する中国 日本の安全保障「再構築」を/小谷哲男
Part 4 日米で「核の傘」信頼性強化を 立ち止まっている猶予はない/神保 謙
Part 5 東欧が見てきたロシアの本性 〝最前線〟の日本は何を学ぶか/マチケナイテ・ヴィダ
Part 6 一変したエネルギー安全保障 危惧される「石油危機」の再来/小山 堅
Part 7 脱ロシアで足並み揃わぬEU エネルギー調達の要諦とは/山本隆三
Part 8 「戦争と制裁」で視界不良は長期化 世界はインフレの時代へ/倉都康行
COLUMN 輸出入停止、撤退・・・・・・ 北海道・ロシア交流は厳冬へ/吉村慎司
Part 9 座談会 「明日は我が身」のハイブリッド戦 日本も平時から備えよ
山田敏弘 ×桒原響子×小谷 賢×大澤 淳
Part 10 真実分からぬ報道のジレンマ「あいまいさ」に耐える力を/佐藤卓己
Part 11 失敗した英国の宥和政策 現代と重なる第二次大戦前夜/細谷雄一

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Wedge 2022年5月号より
プーチンによる戦争に 世界は決して屈しない
プーチンによる戦争に 世界は決して屈しない

ロシアのウクライナ侵攻は長期戦の様相を呈し始め、ロシア軍による市民の虐殺も明らかになった。日本を含めた世界はロシアとの対峙を覚悟し、経済制裁をいっそう強めつつある。

もはや「戦前」には戻れない。安全保障、エネルギー、経済……不可逆の変化と向き合わねばならない。これ以上、戦火を広げないために、世界は、そして日本は何をすべきなのか。


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