2024年5月10日(金)

オトナの教養 週末の一冊

2022年6月11日

 地位や職位に対する執着がないこともフィンランドでの働き方の特徴であるという。パートナーから激しい暴力を受けた経験を持ちながら銀行の頭取になり、さらに大学で博士号も取って企業や公的機関のトップを歴任した女性の例などには驚かされる。著者はこう記す。

 こうした生き方を見ていると、職位に対する執着のなさに加えて、人がそれぞれの時間を生きられる社会という感を強くする。人と同じように生きなければならないのではなく、自分の人生を生きていける社会である。

 優しさという点では、困った時の経済的支援が実に手厚い。働けなくなった場合の救済制度も充実している。病気やケガで仕事ができなくなった場合には医師の証明書を得て、それまでの収入に応じた病気休暇手当を受けることができるという。

 生活困窮者に対する手当なども充実し、各種の手当を受けた後にそれでも足りない場合に申請するのがこの国の生活保護である。手助けを必要とする人に、行政が「やさしい言葉」を使って説明することが義務づけられているなど、困っている人が申請も受給もしにくい雰囲気が強い日本とは大きく異なっている。

日本の課題であるデジタルと教育にも示唆

 デジタル化の進展も目を見張るものがある。出生や移民などで自分の情報を登録するとIDナンバーを交付される。日常生活や人生のあらゆる場面で必要となり、デジタル化の恩恵を受けられるという。図書館のカードや銀行口座をつくったり、パスポートや自動車の免許の申請をしたり、医療機関で使う電子カルテにも活用するなど、使途は幅広い。

 フィンランドでは、さまざまな情報がデータベース・データバンク化されている。すべての法律を集めたデータバンクや、司法的手続きと情報を集めたデータバンクなど、信頼できる知識が得やすい。ビッグデータを使いこなして、デジタルトランスフォーメーション(DX)が現実になっていることは日本との大きな違いだ。

 デジタル化によって国勢調査の必要もなくなるという指摘は興味深い。確かに国民が個人情報を登録し、市民生活を送る中で最新の情報にアップデートされてゆく。それならば、あらためての調査の必要はない。高齢者がデジタルへの対応に不慣れなのは多くの国で共通することだが、フィンランドではそうした人たちに近親者やケアワーカーが教えるなど啓発活動に力を入れているという。

 教育に関する記述も印象的だ。息子がフィンランドで教育を受けたことを「最高のプレゼントだと思っている」と著者は記すが、それが大げさな表現でないことは本書を読むとよくわかる。1クラス20人程度の子どもたちに先生が2人、さらにアシスタントもつくので、きめ細かい学習と指導が可能になる。

 さらに、子ども一人一人にどんなニーズがあり、支援が必要なのかについて親の意見も聞きながら教育計画を作るという。さらに、エリートや非エリートをつくらないのも特徴だと著者は指摘する。

 フィンランドは平等を強調して社会階層を否定的に見る傾向があり、社会階層を作らない、あるいは広げない努力をしてきている。たとえば、新しい集合住宅エリアを開発するときは高額な分譲住宅だけでなく、低所得者や学生向けの賃貸住宅を混ぜて、階層による住み分けを防ぐ住宅政策がとられている。

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