定年バックパッカー海外放浪記

2015年8月12日

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高野凌 (たかの りょう)

定年バックパッカー

1953年生まれの62歳。横浜生まれ、神奈川県出身。大学卒業後は商社、メーカー勤務を経て2013年定年退職。2014年春から海外放浪生活を始める。放浪歴は地中海、韓国、インドシナ半島、インドネシア、サンチアゴ巡礼など。サラリーマン時代は主として海外業務に従事。ニューヨーク、テヘラン、北京にて海外駐在を経験。身長170センチ、57キロ。獅子座。A型。現在2人のご子息は独立し、夫人との2人暮らし。孫1人。

 それから彼女のステージを週に1、2回聴きに行き、休日には郊外で遊山したり、街で食事したりして人生を語り合う同志(共産党用語で理想を共有する仲間)となった。ルシアを通じて多くの音楽関係者と知り合いになり北京のナイトライフが広がってゆき、おじさん一人旅でも十分に面白いことを実証できたサラリーマン生活最後の5カ月間となった。

万里の長城でポーズを決めるルシア

おひとり様はつらいよ 

 4月8日午前11時、新港から歩いて一時間半。ロドスタウンの旧市街のエーゲ海を見下ろす洒落たバルコニー付の50室くらいの小さなホテルに投宿。ベッドからでもエーゲ海が一望。清潔なツウィン・ベッド・ルームで一泊19ユーロとお得。期待感が上限まで高揚。

 さっそくビーチに散歩にゆき写メを畏友のKM氏に送信。ほどなく返信あり。曰く「景色も貴兄も青いね! ひとりでフラフラしてるの。昔、会社を辞めて次の仕事を始めるまで、しばしの休息と東北一人旅。50歳だった。黒石温泉におひとり様で泊まったら、飯盛り女が『お客さん、何があったがわがんねえけど、気を落とさずにねー』と……。夜中に襖がスーッとあいてお婆が小生の息があるのを確めに来たよ」。

 夕刻7時過ぎにホテルに戻るとまだ明るいのに玄関は締まりフロントも無人であった。そういえばレセプションのおねえさんが「夜間玄関は施錠しているので出入りのためにキーを渡しておきます」と言ってたっけ。よく見るとオフシーズンのため他にゲストはいないらしく全館真っ暗で静まり返っている。

 部屋に戻りバルコニーで海に沈む夕陽を見ながら、雑貨屋で買って来たサラミソーセージ、チーズをパンに挟んで食べながらビールを飲んだ。部屋にはTVもなく街には人気がなく、8時前に夕陽が沈みきってしまうと、かなり私のテンションも下がってきた。あとは冷たく風が吹く暗闇だけの世界。寝るには早すぎるし、さりとて何もやることもない。豪華なベッドにひっくり返り天井を見ながら瞑想するだけの長い夜。結局、黒石温泉とおんなじだ!

 なぜオフシーズンはホテル代が安いのかやっと理由が分かった。このホテルに6泊したが、毎晩同様の「長い夜」であった。最終日にやっと5~6人のロシア人一行がチェックインしてきた。この経験から下記2点がオジサン放浪旅の基本原則となった。

 ① 宿泊は一人部屋を避けて共同部屋(ユースホステルのようなドミトリー形式)とするべし。 注)欧米・アジアなど海外では共同部屋はほとんど男女共用であり、ルームメイ トとは自然とお友達になり一緒に炊事したり遊びに行ったりすることになる。

 ② 面白そうなホモ・サピエンス(人類)に遭遇したら必ず自分から話しかけること。 注)シーズンオフの時期や余り観光客が行かないような地域を旅行していると、人に会うことが稀で何日も人間(=現代文化人)としての会話ができないことが多々ある。地元の人間が英語や日本語で話しかけてくるときは99%当方のお金目当てである。

 現地語しか解せぬ地元の人たちとは言葉が通じなくても3分間は適当に楽しく交流できるが、それ以上は無理であるし無意味のように思える。従い小生が解する言語(英語、中国語、スペイン語、韓国語など)で交流できて対等の立場で、多少なりとも知的な会話を楽しめるホモ・サピエンスとの遭遇は貴重である。

⇒第2回に続く。

  
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