解体 ロシア外交

2015年8月20日

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 最近のロシアと中国の関係深化は、ウクライナ危機によるロシアの国際的孤立とロシアの外交的なアジアシフトもあって、特に顕著となっている(拙稿「効果に乏しい欧米の対露制裁 拍車をかける中国 中国主導のAIIBに参加するロシア(2015年04月09日)」、「ロシアの戦勝70周年記念日 したたかな習近平と親欧米国にとどまらないロシア離れ(2015年05月11日)」も参照されたい)。

 実際は、ロシア・中国双方が相互に不信感を持っており、勢力圏争いを繰り広げるなど、両国の関係は決して単純に良好であるとは言えないものであるが、少なくとも対米戦略、グローバル戦略ではかなり利害を一にしている。

ロシア・ウファのサミット会場(iStock)

 そのような中で、ロシアのウファで、7月8-9日に第7回BRICS首脳会議と、同9-10日に第15回上海協力機構(SCO)首脳会議が開催された。この両会議を主導するのはロシアと中国であり、この会議が持つ意味は、ロシア・中国という二国間レベルに止まらず、地域的、ひいては国際的なレベルにおいても極めて大きかった。開催から一ヶ月以上が過ぎたが、改めて俯瞰的に両会議の意味をとらえていきたい。

BRICSと上海協力機構(SCO)とは

 まず、BRICSとSCOについて簡単に整理しておこう。両者誕生の経緯は全く異なるが、ロシアと中国が主導しているということ、結果的に米国が主導する世界に対抗する性格を持つこと、徐々に拡大をしてきたという共通点を持つ。

 BRICSの前身であるBRICsは経済発展が著しいブラジル、ロシア、インド、中国の頭文字を取り、投資銀行ゴールドマン・サックスのエコノミスト、ジム・オニール執筆の2001年11月30日の投資家向けレポート『Building Better Global Economic BRICs』で初めて用いられた。当初は完全に部外者が恣意的に名付けた枠組みであり、特にロシアはBRICsという枠組みに強く反発したものの、米国一極支配に対抗する一つの手段とすべくそれを利用することになり、2009年6月16日にエカテリンブルグで初サミットを開催した。

 以後サミットが定期的に開催されている。2011年4月13 日に北京でのサミットに南アフリカ共和国が招待され、BRICsはBRICSに拡大し、この頃から中国のBRICSにおけるロシアに対抗する動きが目立つようになっている。5カ国の総人口は世界の40%を超す約30億人、国内総生産(GDP)の合計は世界の約20%とされ、世界における影響力を強めている(図1参照)。

 他方、上海協力機構は完全に主体的に生まれたものである。1996年4月に、中ロと中央アジアの3カ国(カザフスタン、タジキスタン、キルギス)が安全保障、経済、文化など多面的な地域協力を推進するために「上海ファイブ」を結成し、2001年6月にはウズベキスタンも加わって、上海協力機構(SCO)として拡大・改組し、さらなる関係強化を続けているという状況だ。事務局は北京にあり、モンゴル、イラン、インド、パキスタン、 アフガニスタンが準加盟国となっていて、インドとパキスタンの正式加盟プロセスが進んできただけでなく、イランもイランの国際問題の解決状況次第で実質的な加盟プロセスに入ると見られてきた。

 だが、上述のように中ロ関係は単純ではなく、近年のBRICSやSCOの会合では、関係強化の一方で牽制し合うというような傾向が見て取れた。「蜜月」とも言われる関係を「一見」作り上げている一方で、彼らは相互不信に満ち溢れ、特に地域をめぐる覇権闘争では熾烈な争いを見せている。中国はかつてのシルクロード(陸)と海洋に勢力圏を広げようと「一帯一路」のスローガンの下、拡張態勢を強めている一方、ロシアは自国の「勢力圏」に中国が侵食してくることを忌み嫌い、非常に警戒しながら、実際に度々やんわりと中国を牽制してきた。

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