対談

2015年10月24日

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ネオリベラリズムを内面化した運動?

毛利嘉孝・東京芸大准教授

毛利 その「安全」について、やはり本来は行政がやるべき仕事を民間が肩代わりした部分は多いのではないか。柏市の取り組みでも、そういう批判はあったのではないでしょうか。

五十嵐 そうおっしゃる方はいらっしゃいますね。

毛利 行政は「応援します」とは言うけれど、実際には現場で丸投げで……

五十嵐 そんなことはないですよ、それは少なくとも僕が経験してきた感覚とは違いますね。柏の農産物測定とかも、しっかりした体制で11年の7月末から市の農政課が淡々と進めていました。それに対して、僕が関わった「『安心・安全の柏産柏消』円卓会議」(※参考記事:放射能問題 柏が「みんなで決めた」基準値 多様な利害を調整する運動)は完全にセカンドオピニオンという路線を選択しました。つまり、行政の測定や情報発信を否定するわけではないけれど、それが十分な信頼を得ていない現状の中で、市民が主体となって行政とは一線を画した発信をする。一般の消費者が「押しつけられた」と感じてしまうものではない、異なるコンテクストからの情報を提供する方針があったんです。

 対照的に、『常磐線中心主義』(河出書房新社)の中で関係者のインタビューをしながら詳細に分析したのですが、同時期に柏で除染活動を行ったグループは行政との連携も密でした。市民がボランティアとして除染の中核を担う活動の是非については、議論もあると思います。行政が住民サービスを縮減させていくいわゆるネオリベラリズム状況のなかで、市民は達成感を感じさせられながら「動員」されているのだ、という批判もありえるでしょう。ただ、柏の公民協働の放射能除染をそのような枠組みで評価すべきなのか。どんなイシューにおいても、ボランティアが動員される背景には財政的制約がありますが、除染においてそれ以上に重要なのは、スピードだったんです。比較的モビリティの高い層が多く住んでいる柏のような郊外都市で、ホットスポットなのに除染が進んでいないというイメージが決定的になれば、避難や移住を考える人がすぐさまどんどん増えて人口減少は進む。しかし、一定の速度で対策が打ちだされれば柏に住み続けようという感覚の層も、確かに存在しました。行政に対策を要求する従来型の運動で進めるだけでは、スピード感ある放射線対策は難しかったでしょう。その速度を実現するために、広範な市民参加が必要だったんですね。

 実は柏は、周辺市町村と比べても早い時期に積極的な放射線対策を打ち出したというわけではないんです。そんな中で11年秋口の時点で柏の行政は、市民と協働的に除染をするきっかけを探していたし、公民協働の除染の中心となったグループは、むしろその一歩先を行って「行政に協働をけしかける」、さらに「行政経由で広範な市民層を巻き込む」というビジョンを持っていました。そして実際に、柏市と共催したシンポジウムに市の声かけで集まった町会関係者に、市民グループの立場から除染への参加を呼び掛け、多くの町会を巻き込んでいくことで柏の除染は加速していきます。

 皮肉な話なのですが、ホットスポットとなった千葉県北西部で、柏がもっとも除染実施率が高くなったのは、柏市はできないことまで「できる」って市民にいい顔をしなかったからだと思うんですよ。柏市よりも除染に積極的だった周囲の自治体には、民有地まで除染しますって言ったところもあった。そういうところでは、除染は完全に行政に「やってもらう」市民サービスになってしまいます。柏市の場合、民有地除染が無理なことはもちろん、市民に一緒に参加してもらわないと無理です、っていう態度をとったことが、市民が受け身にならずに自ら動くきっかけになったわけです。といって、市が市民を露骨に「動員」するわけにもいかないので、「一緒にやろう」と呼び掛けてくれる市民グループが出てくるのを待望していたわけです。そこに「公民協働を仕掛ける」市民グループが現れて、両者の利害とビジョンが噛み合って、「柏スタイル」の除染が急速に進展していくわけです。こうした行政と積極的に連携していった市民活動の、運動としての評価を毛利さんにお聞きしたかったんです。

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