BBC News

2016年3月25日

10万人以上が死亡した1992~1995年のボスニア紛争をめぐりオランダ・ハーグの国連旧ユーゴスラビア国際法廷は24日、元セルビア人勢力指導者ラドバン・カラジッチ被告(70)を大量虐殺(ジェノサイド)など戦争犯罪について有罪と認め、禁錮40年を言い渡した。7000人超が殺害された1995年のスレブレニツァ虐殺を含め、起訴された11件のうち10の罪で有罪とされた。

8年におよぶ審理でカラジッチ被告は無罪を主張し、残虐行為は現場の無軌道な個人によるもので、自分が指揮した部隊によるものではないと供述していた。

冷戦終結と旧ユーゴスラビア崩壊を機にした紛争中の戦争犯罪について、カラジッチ被告は最重要戦犯のひとり。これまでに有罪判決を受けた当時のセルビア幹部の中で、最も高い地位にいた指導者で、その裁判は第2次世界大戦以降最も重要な戦争犯罪法廷のひとつとみられてきた。

セルビア人勢力の参謀総長だったラトコ・ムラジッチ将軍も、旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷に起訴されている。

控訴の方針

カラジッチ被告に対する罪状11件には民族大量虐殺(ジェノサイド)の罪2件が含まれていた。複数のボスニア市町村で起きた大量虐殺については無罪となったが、セルビア勢力がイスラム系の男性や少年7000人以上を殺害したスレブレニツァの虐殺については、有罪判決が下った。

1995年7月に起きたスレブレニツァの虐殺では、セルビア勢力が3年にわたり包囲してきたスレブレニツァにムラジッチ司令官率いるセルビア人部隊が侵入し、男性を中心にイスラム系住民を虐殺。7000人以上の遺体をまとめて地面に埋めたとされる。

クォン・オゴン判事は「カラジッチ被告は殺害計画に同意していた」と認定した。

カラジッチ被告はこのほか、3年8カ月も続き1万2000人が犠牲になったサラエボ包囲についても、人道に対する犯罪で有罪となった。

法廷は、市民の間に恐怖を広めるのが主な目的のこのサラエボ包囲計画に、指導者のひとりとしてカラジッチ被告は大きな役割を果たしたと認定した。

ハーグの法廷はさらに、セルビア系以外の住民をボスニア・セルビアから追い出すいわゆる「民族浄化」作戦を被告が指揮したと認定し、有罪とした。

量刑は禁錮40年だが、7年余りにわたって勾留されてきたため、実際にはその3分の2で刑期を終える見通し。

担当のピーター・ロビンソン弁護士は報道陣に、被告は控訴する方針だと述べた。

「カラジッチ医師は、驚き落胆している。証拠ではなく類推にもとづく有罪判決だと感じており、控訴する」

「遅すぎる」

ザイド・フセイン国連高等人権弁務官は判決について「極めて重要だ」と歓迎。「民族感情を利用し、少数者をスケープゴートにして、社会問題に対応しようとする欧州はじめ世界中の指導者たちは、この判決をしばしかみしめるべきだ」と述べた。

一方で、遺族の中には判決は「遅すぎる」という反応もあった。

スレブレニツァで夫を亡くしたビダ・スマイロビッチさんは「私たちへの判決は1995年に下った。私たちが経験した恐怖を償う判決などないし、たったひとりの母親はおろか数千人の母親が流した涙を償う判決などない」とロイター通信に語った。

現在のボスニア・ヘルツェゴビナを構成するスルプスカ共和国のミロラド・ドディク大統領は、この判決を批判した。

「西側はセルビア人に責任を押し付け、その責任をすべての指導者に押し付けている。今日のカラジッチへの判決もそうだ」と、北大西洋条約機構(NATO)による1999年のコソボ紛争におけるユーゴ空爆開始を記憶する式典で述べた。

「ハーグでまさにこの日に、この判決を言い渡すことにしたのは非常につらい。今日はNATOがセルビア爆撃を開始した日、とてつもない被害と犠牲をもたらした爆撃を始めた日だ」とドディク氏は批判した。

<罪状>

大量虐殺

1. ブラツナチ、フォチャ、クリュチ、プリエドル、サンスキモスト、ブラセニツァ、ズボルニクにおける大量虐殺――無罪

2. スレブレニツァの大量虐殺――有罪

人道に対する罪

3. 迫害――有罪

4. 絶滅――有罪

5. 殺人――有罪

7. 追放――有罪

8. 非人道的行為(強制移動)――有罪

戦争法および慣習違反

6. 殺人――有罪

9. テロ(サラエボで)――有罪

10. 民間人への違法攻撃(サラエボで)――有罪

11. 国連監視団・平和維持部隊の人質化――有罪

カラジッチ被告経歴

1945年――モンテネグロで生まれる

1960年――サラエボへ移住

1968年――詩集を出版

1971年――医学部を卒業

1983年――サッカーチーム「レッドスター・ベオグラード」の専属心理カウンセラーに

1990年――セルビア民主党党首に

1990年代――ボスニアのセルビア人政治指導者に

2008年――セルビアで逮捕

2009年――ハーグの旧ユーゴスラビア国際法廷で審理開始

2016年――禁錮40年の有罪判決

<現場から> ポール・アダムス、オランダ・ハーグ

ラドバン・カラジッチはこれまで、まともな法廷なら自分を有罪になどしないと主張してきた。しかしクォン判事の判決読み上げを聞いていると、まともな法廷なら有罪にしないわけがないと思うしかなかった。

カラジッチ被告は判決にじっと耳を傾けていた。への字に結ばれた口は動かず、強い不快感を示していた。もしかするとわずかに、信じられないという気持ちも込められていたかもしれない。

1時間40分に及ぶ判決理由の朗読が終わるころには、結論は明らかだった。

ボスニア分裂を血で彩った立役者のひとりが、ついにこうして有罪になり、ハーグには強い満足感が漂っている。国際法廷の仕事はもうそろそろ終わりだ。

しかし次に、カラジッチ被告の最高司令官だったラトコ・ムラジッチ被告への判決言い渡しが控えている。カラジッチ被告について、特にスレブレニツァ虐殺について判決理由を読み上げる中、クォン判事は繰り返しムラジッチ被告の名前を口にした。

よほど予想外のことにならない限り、ムラジッチ司令官も同様の判決と量刑を受けるはずだ。

(英語記事 Radovan Karadzic jailed for Bosnia war Srebrenica genocide)

提供元:http://www.bbc.com/japanese/35897925

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