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2016年4月27日

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1989年に英中部シェフィールドのヒルズバラ・スタジアムで行われたFAカップ準決勝で観客96人が圧死した事故で、死因審問の陪審団は26日、事故は会場警備責任者の悪質な業務上過失が原因と評決を下した。チェシャー・ウォリントンの法廷で9人からなる陪審団は、警察の不手際も被害の拡大に寄与したと断定した。事故については長らく、FCリバプールのサポーターたちの問題行動が原因とされてきたが、遺族たちの27年に及ぶ活動の末、ファンに責任はなかったと認定された。

1989年4月15日のリバプール対ノッティンガム戦が行われたヒルズバラ・スタジアムでは、リバプール側の回転式ゲートが入場者をさばききれず、場内整理責任者のダッケンフィールド警視正が出口用のトンネル開放を指示したところ、金網や鉄柵で仕切られた狭い立見席に入場者が集中。大勢が鉄柵に押し付けられるなどした。

英国スポーツ史上、最悪とされるこの惨事について、遺族の再審請求によって開かれた死因審問の陪審団はリバプール・サポーターの行動が事故に寄与したわけではないとして、ダッケンフィールド警視正の悪質な職務不履行による業務上過失致死事件だと評決を下した。

ゴールドリング検死官は、ファンは不法行為によって死亡したという陪審の多数意見を受け入れると述べた。

陪審団は、回転ゲート前にリバプール・ファンが増え続ける事態への警察対応は「遅く、バラバラ」で、入場者の流れを抑止する措置が不十分だったと指摘。大人数が「いきなり集中」した際の対応が用意されていなかったと認定し、スタンドの立見席に一気にファンが流れ込む事態につながった出口トンネルの開放命令は誤りだったと結論した。

陪審はさらに、警察が事態の重大性を素早く認識せず、救急対応が後手後手に回ったことから、被害が拡大し、多くの犠牲につながったと認定した。またゲートの数など会場の設備も不十分で、事故に寄与したと判断を示した。

女性6人と男性3人からなる9人の陪審団は2年にわたる審理を経て、評決を下した。英国の法廷史上、最も長い死因審問だった。

会場整理の業務上過失致死との評決が下されると、傍聴席の遺族たちはお互いに抱き合ったり、こぶしを突き上げたりして喜んだ。

再審請求の先頭に立ってきたマーガレット・アスピノルさんとトレバー・ヒックスさんは泣きながら抱き合っていた。

事故で当時18歳の息子ジェイムズさんを失ったアスピノールさんは、「歴史の一部を塗り替えたと思う。それが96人の業績だと思う」とコメントした。

当時18歳の息子クリストファーさんを失ったバリー・デボンサイドさんは、「この評決が出るとは、夢にも思っていなかった。私たちは全力を尽くした。これ以上のことはできなかった」と話した。

96人全員の遺族を代表したコメントは、正義を求めてきた自分たちの長い戦いが陪審団の判断によって「完全に報われた」と喜び、「死者にとってはこれでひとつの区切りとなる」と述べた。

キャメロン首相は、この死因審問によってリバプール・ファンには「まったく何の責任もなかった」と公式に確認されたとコメントした。

南ヨークシャー警察の現本部長デイビッド・クロンプトン氏は、当時の警察が「ひどい不手際」を犯したと認め、業務上過失致死などの認定を「全面的に」受け入れると表明。

「これまでと同様、すべての遺族と関係者に無条件に謝りたい」とクロンプトン本部長は謝罪した。

救急対応の遅れを批判されてたヨークシャー救急サービスの責任者も、救急対応にミスがあったという陪審団の認定を「全面的に受け入れる」として、「心から謝罪する」と述べた。

22の遺族からなる「ヒルズバラ正義キャンペーン」は後に記者会見し、クロンプトン本部長と救急サービス責任者の辞任を要求した。

きょうだいを失ったスティーブン・ライトさんは「南ヨークシャー警察の弁護チームは今までどおりに事実を否定し、事故原因は頭の悪い酔っ払いファンのせいだと主張した」と批判した。

遺族団体の弁護士のひとりも、この日の評決が出るまで警察や救急サービスが「自分たちに不利な結論にとことん戦い続けたせいで、裁判に倍以上の時間がかかってしまった」と指摘した。

96人のそれぞれの死亡状況を精査すると、大勢が午後3時15分よりかなり後に死亡していると陪審団は指摘。一方で1991年の最初の死因審問では当時の検死官が、午後3時15分以降の死亡については一切の証拠を受け入れなかった。その時点ですべての犠牲者は死亡しているか、すでに致命傷を負っていたはずだからというのが当時の理由で、このため競技場で押されたことが死因と認められない犠牲者が多く出た。この時の結論を2012年の独立事故原因調査委が否定し、死因審問が再び開かれることになった。

新たな死因審問は、96人中93人が、強く押されたことによる窒息が直接の死因と特定。死亡時刻は午後2時57分から午後5時までと、ばらつきがあった。96人目の犠牲者となったトニー・ブランドさんが死亡したのは、1993年。圧迫窒息の影響で左脳に損傷を受けていた。

陪審団はさらに、次のように認定した――。

・警察ミスが回転式ゲートで危険な状況を作りだした。

・警察指揮官たちのミスが原因で、立見席に人が溢れた。

・レピングス・レーンの出口ゲートを開くという警察指揮官の判断は誤りだった。

・ヒルスバラ・スタジアムの安全基準に誤りがあった。

・南ヨークシャー警察と南ヨークシャー救急サービスの大事故通報が遅れた。

・このため救急対応が遅れた。

・スタジアムを本拠地とするFCシェフィールド・ウエンズデーは、スタンドのブロックごとに専用回転式ゲートを設置する提案を了承しなかった。

・会場内やチケット上での誘導表示や情報提供が不十分だった。

・試合開始間際の時点で場内に入りきれないファンが大勢いることを承知していた試合主催者は、キックオフを待つよう求めるべきだった。

<現場から>ジュディス・モリッツ記者

ウォリントンの法廷を陪審団が後にすると、遺族たちは拍手で送った。「陪審に神の祝福を」と叫ぶ女性もいた。

法廷では弁護団や野党・労働党のバーナム「影の内相」が涙ながらに遺族たちを抱きしめ。たくさんの涙が流れた。ことの重みを受け止めきれないと、皆が抱き合いながら感慨を口にした。

娘のサラさんとビッキーさんを亡くしたトレバー・ヒックスさんは、「やったぞ」と私に言った。

法廷の外ではリバプールの旗を掲げる人たちがチームの応援歌「You'll Never Walk Alone(決して独りにはしない)」を合唱した。

(英語記事 Hillsborough inquests: Fans unlawfully killed, jury concludes)

提供元:http://www.bbc.com/japanese/36147329

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