前向きに読み解く経済の裏側

2016年9月3日

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塚崎公義 (つかさき きみよし)

久留米大学商学部教授

1981年、東京大学法学部卒業後、日本興業銀行(現みずほ銀行)に入行。主に調査関連部署に勤務した後、2005年に銀行を退行して久留米大学へ。著書に『増補改訂 よくわかる日本経済入門』(朝日新書)、『老後破産しないためのお金の教科書』(東洋経済新報社)、『世界でいちばんやさしくて役立つ経済の教科書』(宝島社)、『なんだ、そうなのか! 経済入門』(日本経済新聞出版社)など多数。

 『シン・ゴジラ』という映画が流行っているようですので、ゴジラに関する頭の体操をしてみましょう。もし、本当にゴジラが上陸したとして、都心に向かって歩いているとしたら、早急に撃退する必要があります。でも、住民の避難が終わる前に攻撃したら、その地域の住民は死んでしまうでしょう。それでも攻撃すべきでしょうか?

「ゴジラを攻撃しなければ誰が死ぬか」はわからない

iStock

 攻撃すれば、その地区で逃げ遅れた少数の人が死にます。一方で攻撃しなければ、都心で大勢の人が死ぬと予想されます。大勢の人を救うためには、少数の人の犠牲はやむを得ませんから、攻撃すべきでしょう。大きな被害を避けるために小さな被害を引き起こすことは「緊急避難」ですから非難すべきではありません。

 撃退すれば、多くの人が助かるでしょうが、問題は、「助かった人が政府に感謝するわけではない」ということなのです。ゴジラが都心方面に歩いて行くとして、具体的にどの家が踏み潰されるのかを予測することは不可能です。そこで、都心の住民は「政府がゴジラを撃退しなかったとしても、自分は死ななかったはずだ」と考えるでしょうから、政府に感謝するわけではないのです。

 そうなると政府は、自分の保身を考えて「攻撃しない」という選択をするインセンティブを持つことになりかねません。攻撃すれば、逃げ遅れた住民の遺族から批判される一方で、攻撃しなければ逃げ遅れた人から感謝されるからです。都心の被害者から苦情が来ても、「逃げ遅れた住民を見殺しに出来なかったので、仕方なかった」という言い訳が可能です。

 政府が保身から攻撃を思いとどまるとすれば、それは日本にとって悲劇です。一方で政府が、自分が批判されることがわかっていながら、日本にとって最善の選択(逃げ遅れた住民を見殺しにしてゴジラを撃退する)をするとすれば、それは素晴らしいことです。そして、政府はそうした苦しい選択に迫られる場合も少なくないのです。

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